半私設図書室
「ここ最近は、特に何事も無いですね。」
指先で少し日焼けしたページをめくり、文字を追う。
タイトルは『全植物図鑑』、少女の細腕では持つ事も難儀する様な大型本だ。 出版されたのは二十年前。全体が少し日焼けしているものの、ここ二十年で発見された新種の植物以外は植物の全体図だけでなく種子や花・根の写真・分類・分布・名称の由来・毒性や薬効がある場合はその効果・分布・更には栽培方法・果てはその植物の発見者や逸話までもが網羅的に記されているという代物だ。
明らかに素人が購入する事を前提としていない値段設定と携帯性を完全に捨てた重量。そしてそれらの原因となった明らかに過剰な情報量。
そんな異常な学術書が何種類もギッシリと詰まった本棚が、シェリー君の座る椅子の後ろに幾つも並んでいる。
ここは図書室。個人では所有が本来困難な本であろうとここならば教育の名の下にリソースが存分に割かれて容易に手が届く。
まぁ、ここに今置いてある本はほとんどが個人所有の代物なのだがね。
要は半私設図書室。太陽光が一切射さないこの大きな石造りの学園の一室で存在を主張している本の持ち主は勿体ぶらずに言うとかのミス=フィアレディーだ。
辞めようとしていた
あの悪趣味な学園長室から続く隠し部屋。
元の使用用途こそ『ロクでもない』を地で行く無様ではあった。が、直射日光をシャットアウト出来て、温湿度を一定に保ちやすく、その上で本を大量に置けるだけの広さを確保出来るという点においてほかの場所よりも図書室には向いていた。
『淑女に不要なものは学園から排除し、有効活用すべし』とでも言うかの様に、現モラン商会の人間が荒らし壊したロクでもない石人形の設備は片付けられ、数日で新品の本棚と大量の私物本が持ち込まれ、地下の隠し金庫の要素は敵意さえ感じる程に排除され、図書室に変わった。
これが彼女、学園長なりの過去の学園と決別する方法という訳だ。
その異様な素早さから怒りじみた感情が見て取れるが、実際に出来たモノがモノだ。文句は無い。
「このところ何もない。ならば、この後に起こる事に備えるべきだよ。」
「………この後、起こるんですね?『何か』が。」
ページをめくる手が止まった。
「それはそうだろうさ。
あれだけの不祥事があって、学園のトップがすげ変わって、それでおしまい。
そんな訳が無い。」
今は未だ新体制になっている最中といったところだ。
起こるのはこれから。
あの淑女が新体制に変わっただけで無難に周辺貴族達の顔色を窺ってお仕舞。
な訳が無い。
面白い事が起きる。
とても面白い事が……ね。
今はこの静寂を準備期間に充てるとしよう。
嵐が避けられないものだというのなら、嵐の前の静寂の時間には嵐に備えるのが最適だろう。
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