モラン商会のそれぞれの現在

 サイクズル商会は栄枯盛衰を繰り返し、愚かな悪に堕ちて、実に六回目の滅亡を迎えた。

 盗賊達は警備官達の総力に蹴散らされ、抵抗する術無く捕まり、皆悪態をつきながら裁かれて檻の中。

 賊と繋がっていた商会の人間も隣の檻で嘆きながら裁かれ、囚われの身となった今を呪っていた。

 盗賊達に囚われていたサイクズル商会の新人達は破れた夢にまた挑める事に喜び、モラン商会で夢を叶えようと足掻いている。

 お咎めの無かった元サイクズル商会の人間は殆どがモラン商会に流れ、前職場の闇に驚き慄き、そして今のこの状況に何とか適応しようと模索していた。

 モラン商会の幹部連中は幹部として新人達を相手に何とかメンツを保つために必死に勉強して仕事をしている。

 副会長はイタバッサにあの手この手を使って商会の回し方を覚えさせて過労死の未来をつぶそうと必死になっていた。

 イタバッサは仕事が楽しくて楽しくて副会長の思惑通りにそれ以上の仕事量をこなし、寧ろ副会長の未来を過労死に染め上げようとしている。


 モラン商会の商売は副会長の過労以外は順調に、確実に進み、徐々に大きく、大きくなっている。

 この先、彼らは更に大きな仕事を成し、たった一人を除いて予想だにしなかった景色を見る事になるのだが、それはまた、まだ先の話となる。


 そしてシェリー=モリアーティーは相も変わらず勉強の日々。

 相も変わらず逆境で、相も変わらず理不尽で、相も変わらず監獄の方が良心的だと思えるそんな中で、自分を磨き、知識を積み上げ、日々の変化は劇的ではないもののもう一人のモリアーティーとの出会った時と比べて劇的に成長している。

 今も座学に魔法、何を意図して何を目的にしているのか解らない知識・技術を教わっていた。

 「限界量はここ止まり。これ以上流し入れても状態の変化はしないし、実地で使う上だと消耗が激しくなるだけでなく最悪他の道具にも影響を及ぼす恐れがあるから注意しておくと良い。」

 「わかりました。…………これを、一体何に使うつもりですか?」

 現在進行形で奇妙な運命を辿っている少女、シェリー=モリアーティー。

 手にはガラス容器。その中身は無色透明な液体が容器の半分程入っており、視線は虚空に、首を傾げて少し訝しむ表情。なのに部屋には彼女ただ一人。

 ここに誰かが居たとしたら、自分自身に疑問を投げかけている様に見えただろう。

 「悪用する気は無いから安心したまえシェリー君。

 以前言っていた『広汎用包装魔道具』に使う材料だとも。

 それと同時に魔道具やそれに纏わる材料生成の実技を行っただけさ。

 完成したものから少しばかり機能を取り払えば商会の方でも簡単に作り、売ることが出来る。」

 「これを、包装魔道具ですか……」

 目の前のガラス容器を眺め、その液体の使い道に思いを馳せる少女はしかし、最終地点を予想出来ていない。

 「安心したまえ、向こう商会で材料を揃えてしまえば完成させて直ぐに使う事になる。

 どうもこれから、忙しくなるようだからね。」

 たった一人にしか存在を認識された事のない邪悪な男はニヤリと笑う。

 記憶は半分、肉体は無い、しかし彼には叡智と思考、そして計算という手段があった。

 彼はもう、これから起こる面倒で厄介な出来事について、既に準備を始めていた。


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