夢幻の如きモラン商会


 「副会長、副会長、起きてください。副会長!」

 肩を揺さぶられて自分が眠っていたことにやっと気が付いた。

 目を開けて体を起こすとイタバッサがキラキラした良い目をして書類の山を持っていた。

 「副会長、見てください。ブッカンドライヤーとの専属契約を結ぶことが出来ました。

 干し肉や乾物の優先的供給、そしてこちらから加工の材料の仕入れもして貰える契約です。

 詳細な契約内容と契約成立と同時に幾つか取引をしたいとの事でしたのでそちらの取引の詳細な情報も書類にまとめておきました。

 どうぞ。」

 曇りの無い清々しい目を向けて書類の山と現実を容赦なく突き付ける。

 イタバッサは嬉々として書類を突き付けてくる。

 それが決して害意や悪意、殺意ではない事は百も承知だ。

 本人は胸を張って商人が出来る事が嬉しくて仕方ない。それ故に張り切っているのは分かっている。が、あまりにそれが容赦無く、無慈悲過ぎる。

 今この商会、モラン商会の人出は数週間前と比較して倍以上に膨れ上がっている。

 理由はこの前のサイクズル商会の件で向こうサイクズルを自動的にクビになった人材と人質として賊の手伝いをしていた人材を丸ごとこちらで引き取ったから。

 今まで猫の手どころかネズミの手も借りたいと思っていた俺達にとってそれは救いの手だ。

 が、よく考えればそれが間違いだと気付いたハズだ。

 実際、現状を考えると間違いだと実感できる。

 先ずサイクズルをクビになった連中はあの一件で賊との関係性を知らなかった連中ばかり。要は要職に付いていないヒラの従業員だった連中かそもそも信頼の無い新人。

 そして、賊の人質だった連中の殆どが商人経験の無い駆け出しの若者ばかり。

 経験者が全くと言って良いほどに居ない。

 そう、つまり十割が未経験者で構成されていたモラン商会の人間がそれまでの商会の頭数を超す新人をゼロから教育しなければならないという事だ。

 辛うじて商人経験のあるイタバッサを先に商会に入れて仕事の流れを把握して貰っていた事が不幸中の幸いとして機能して、首の皮一枚、殆ど千切れかけでぶら下がる事態になったものの、それでもイタバッサという最高戦力が新人教育で手一杯になり、それでも手は足りずに更に未経験に等しい数人がそちらに駆り出される。

 おかしい、何故か人出が増えて副会長の仕事は増えている。

 おかしい、何故か忙しくてそれどころでは無い筈のイタバッサが新しい仕事を何処からか見付けてくる。

 おかしい、何故かモラン商会が様々な所で噂になっているらしく、来客が増えている。





 ああ、悪い夢のようだ。

 「副会長、起きて下さい!仕事をお願いします。」

 「ジャリスさん、起きてほしいッス!現実逃避したいのは分かるッスけど、これが悲しいほど現実ッス!」

 悲しいかな、どうやらモラン商会副会長のジャリスは決して仕事から逃れる事は出来ないらしい。


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前話の最後部分の補足。

 モラン商会幹部試験の設計図ですが、『制作難易度が高い』となっている部分。あれを少し具体的に。


 第一に『制作物の原材料が高価or希少』。ある程度商会からは経費という事で材料費や加工費は出して貰えますが、それはそれとして入手難易度が高い。そもそも金があってもどうにもならない。

 なのでコネや情報網や人員を駆使して材料を手に入れましょう。それが出来るだけの腕前は当然あるよね?

 第二に『加工難易度が異常』。設計図は用意されていますが、素人はそもそも内容を理解出来ず、どんな職人に見せればよいのかも不明。たとえ適切な職人に見せても異常かつ狂気に満ちたな技術を要求されるので十中八九断られるよ。

 だから腕の良い職人を探して無理難題をお願いしよう!その辺を交渉して作って貰えるだけの腕前を見せてね。

 要はイタバッサの様なコネや経験を用いた解決法とキリキの様な人望や人徳、信頼を用いた解決法の二パターンが有ります。


 レンの『百手類』の場合は人望や信頼を使って原材料を得て、知り合いの持っていたコネを頼りに作れそうな職人にお願いして作って貰いました。

 術式自体は設計図段階である程度簡潔にしてありますが、『周囲の物体を集めて指定した形状に変える高速3Dプリンター』を掌サイズの筒に押し込めているので、結局複雑で面倒な仕事を可能にする技術力が職人には要求されます。

 頼まれた職人は目を丸くして設計図を三度度見した挙句、何処の職人が作ったかをレンに尋ねていました。

 最終的に職人が設計者に対抗意識を燃やし、幾度も失敗を重ねて改良を重ねて、最終的には割と何でも器用にこなせるレンに相応しい『ある程度臨機応変に対応出来て、使い手の考え方次第で如何様にも化ける『強力な武器』より『便利な道具』の意味合いが強い逸品』が出来上がりました。

 ちなみに、他の幹部も持つ事になる上、これから紹介したいと思っていますが過半数に何を持たせるかは決まっていません。

 ただ、作り上げられたものは確実に本人の適正を加味して作られたオーダーメイドであり、同種の道具や武器と比べて一線を越えた文字通り破格の性能であることは確実です。期待しておいて下さい。

 ここまでハードルを上げた上で未来の私に丸投げします。頑張ってね。


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