サイクズル商会会長の逃亡劇~転~



 (急いでここまで来たせいで手持ちにロクな武器が無ぇ。挙句に俺の魔法は大した火力が無ぇ。威力増強魔道具の指輪はある。が、後ろに居る男がそれを許す訳ねぇ。)

 イタバッサだけなら大した事は無いとこのまま無理矢理押し通れた。が、自分を待ち伏せしているのがイタバッサの他にもう一人、しかも手には見慣れない形の恐らく飛び道具を手にしてこちらを狙っている。その男がいる限り、逃げる事は許されない。

 飛び道具故に少し距離が離れている。そして、イタバッサと自分は今、手を繋げる程に近距離。

 盾にして強引に……と思ったが、背中の重石がそれを許さない。盾にする前にこちらが狙い撃たれる。ならばやるべきは……

 「よぉ、手前、生きてたのか。しぶてぇな。」

 手を握りながら不敵に笑う。会話で丸め込むか、それが無理なら泣き落とし。それも出来ないなら会話で時間を稼いで突破策を考える。

 「お久しぶりです。何とか生き残りましたよ。面倒や厄介事を押し付けられたお陰様で、便利な商人に育てて貰ったお陰様で、殺し屋の顔色を窺って生き残りましたよ。」

 少しだけ、握手する手が締め上げられて体が硬直する。

 生き残っている以上、どうにかして差し向けた殺し屋を返り討ちにしたか懐柔したのは予想出来る。が、自分が殺し屋相手に何を言ったかまで露見している。

 「オメェ、ソイツは………」

 「非道いですね会長。何年も仕事をしていたのに、顔を隠した程度で気付かないなんて。

 お陰で会長の本音がよく聞こえましたよ。」

 貼り付けられた笑顔。無理難題や面倒・厄介事を押し付けた時にするあの顔だ。

 無論中身は自分を殺そうとした人間に対しての怨嗟や憎悪だろうが。

 当然と言えば当然だろう。が、サイクズル商会会長は決して、反省等はしない。

 実際今も視線を目の前のイタバッサと後ろの狙撃手を行ったり来たりとさせてこの状況の打破を考えている。

 「そう言えば、今の今まで会長に私の本音をぶつけた事、ありませんでしたよね?」

 握った手が更に締め上げられていく。こちらが手を離そうとしても決して離れそうにない。

 (さて、短刀ドス一本二本程度なら防げるが、それ以上になるとどうしようもねぇ。)

 幾度もナイフで刺され、幾度も魔法に撃ち据えられた結果、ある程度ならこの手の連中がやる事は商人ながら知っているサイクズル会長。

 が、後ろの輩が持つ武器の正体が分からない。が、両手で構えて狙い撃つ構えをしている以上、最低でも対人、対獣前提かもしれない。

 もしイタバッサが『自分諸共撃ち殺しても構わないから殺せ』と予め指示していたら、指輪と自分の一回限りの全力防御を用いたとしても、貫通されるだろう。

 万事休すか?






 「有難う御座いました。」

 握った手が離れ、両手を真っ直ぐ横に、商人としてお手本の様なお辞儀を見せられた。




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