サイクズル商会会長の逃亡劇~幕間~


 「包囲網の草案・・、出来ました。」

 イタバッサから渡された紙束が凄まじく重いのは多分過労による幻覚だと信じたい。

 厚みが木材と同じように見えるのも間違いなく幻覚だ。幻覚………。

 「目を通して、気になることがあれば直ぐに修正します。」

 イタバッサが来てから仕事全体の精度が少し上がった。

 仕事の合間合間にある細かな作業や経費に無駄が無くなり、少しだけ仕事の回りが速くなった。

 それに気が付いた理由はただ一つ、『仕事が多くなった』それに尽きる。

 今までより快適に素早く仕事が進むが、それ以上に書類の山が増える。悪夢だ。

 「あぁそれと、副会長。

 包囲網の書類には記載をしておきましたが、『私の知らない脱出方法』への対策に割く人材の調達はこちらで行いますか?それとも警備官の方々に任せますか?

 なるべく信頼の出来る、その上この近辺に土地勘のある、追跡や斥候経験の有る方に…と思ったのですが、何分警備の方々は最後の条件に合致しない上にもう一つの件で都合が悪いかと……。

 知り合いの傭兵の方で誰か適性のある方、いらっしゃいますか?」

 「…………俺、お前さんに前職の話、したか?」

 一応調べたが、イタバッサという男の経歴にサイクズル商会と商業関連以外の要素は無かった。

 これでも俺達はお尋ね者の一種。傭兵家業から辿られるとここまで到達される危険性がある。だからその事は口にしていない。

 何処から漏れた?

 「あぁ、隠していたのでしたら失礼しました。

 以前元傭兵の商人の方と仕事をした事がありまして、彼と少し、似ていたもので。」

 「……そうか。

 商人の世界に流れ者が入り込むのも少し、厄介と思ってな。取り敢えず秘密で頼む。」

 「分りました。そのように。」

 「で、斥候の件だが、俺が行こう。

 約束を果たす為にはそれが確実だ。何より、久々に外に出たい。」

 最初の契約を履行するにはそれが一番。そして、太陽の光を忘れる前に浴びておきたい。

 その間の店の事はレンに押し付け任せる事にしよう。アイツは少しデスクワークで両腕が過労で悲鳴を上げる感覚を、身を以て知るべきだ。




 サイクズル商会の会長がもし、秘密の脱出口を他に持っていて、警備官達から逃げるとして、どこに先ず出るか?

 近くの人気の無い裏路地?人通りの多い場所?近くの馬車や船着き場の近く?

 向こうが盗賊を使ってこれだけの事をやらかすって事はそれを絶対にしない。

 相手は警備官から逃げようとしている商人。なら相手は金を持てるだけ持って逃げる。すると人気の無い裏路地は万が一の可能性を考えて却下。

 かといって人通りの多い場所で急ぐ人間が居たら目立ち、追跡が容易だ。それも却下。

 そして、近場の馬車や船を使うのは真っ先に追っ手側も考える。これも却下。


 理想は人に見付からずにある程度の場所まで逃げられる場所。

 この街なら、逃走経路は先ず下水道が一番手っ取り早い。

 出口も多く、他人から見付かる事が先ず無い。理想的だ。

 さて、次だ。

 下水を逃げ回るだけではどうにもならない。そこから何処かに飛ぶ足が矢張り必要。

 なら、警備官達にマークされていない船や馬車、それ以外の手段に向かう。

 高飛び出来る場所近くに出られる下水道の入り口を張れば良い。




 とは会長の言だ。

 実際、それはビンゴだった。


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