サイクズル商会会長の逃亡劇~撃~

 「商人としての心得を教えて下さった事、感謝します。

 商人として、生きる術を教えて下さった事、感謝します。

 生きるという道を私に教えて下さった事、感謝します。

 お陰様で、今私は自分のやった事を償うという選択をする事が出来ます。」

 頭を下げたまま言葉を続けていく。

 「私は貴方の下で働き、商売を教わり、金を稼ぐということを学び、そうして生き残る術を教えて貰って、ここまで生きて、そして、取り返しの付かない犯罪に手を染めて、堕ちるところまで堕ちました。死ぬところでした。

 ですが、堕ちる事が出来ました。そして運良く死なずに、ここまで来る事が出来ました。

 お陰で、罪を償って、被害者に償って、他人の為に働いて、商人としてやり直す機会を貰えました。

 本当に、有難う御座います。お世話に、なりました!」

 頭を下げているせいで表情が見えないが、鼻をすすって涙声になっている。

 そこに殺意は無い。相も変わらず狙撃手は構えているが、撃つ気配は無い。

 完全に、毒気が抜かれた。目の前に現れた瞬間殺意剥き出しで殺しに来るか、それとも油断したところで殺しに来ると思っていた。

 頭を上げたときの表情からはドス黒い悪意も、燃える様な殺意も無かった。

 涙の跡が残っているだけ。

 「本当に、有難う御座いました。

 ということで……」

 少しでも面食らった自分が馬鹿だと、悪意や殺意が無い事を過信した自分が馬鹿だと、サイクズル会長は自分を呪った。

 メリケンサックをしたイタバッサの拳が老人の顎を完全に捉えた。




 バイスリー=イタバッサがモラン商会に売ったものは自分。キャリアと人脈持ちの商人。

 対価として望んだものはモラン商会という拠り所と給金。

 が、新参商会を相手に大規模商会の商人を売り付けて契約成立にはさせない。

 『サイクズル商会の古参商人』の価値は『モラン商会での生涯雇用』でも釣り合わない。

 彼個人が持つコネクションはコネが無いも同然の商会においては金一山以上の価値がある。

 だからイタバッサは無理難題を捻じ込んだ。

 過去に決着を、区切りを付けるためにモラン商会に対して「サイクズル商会会長を捕まえる前に一発殴らせろ」と要求していた。

 だからこそ、わざわざ会長だけ・・逃げられる様な詰め方をして、イタバッサは副会長同伴で逃げ道に二人だけで、警備官が止めない状況を作った。


 「感謝はしていますよ、会長。

 でもそれはそれとして、こちらも給料分以上働いて、我慢して、挙句にこの仕打ちで一発噛まさなきゃ商人じゃないんですよ。

 『商人は舐められたらお仕舞、胸を張って仕事しているのだからその分キッチリ貰って釣り合わせろ。舐めた真似して渋る奴からは多少強引でも搾り取れ。』それは貴方が言った台詞です。

 きっちり、搾り取らせて貰いましたよ!」

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