会議で筆が踊る


 《イタバッサがモラン商会に来てからの話》

 「サイクズル商会は一階が店舗スペース。二階が事務と接客・会議スペース。三階と四階が倉庫。五階が会長の個人的な住居スペースになっています。」

 イタバッサは懐から安物ではあるが質の良い紙を取り出して定規も使わずに迷い無く直線をサラサラと書いてサイクズル商会の間取りを描き始める。

 描かれた間取りに構造的な違和感や矛盾は無く、口頭の説明も相俟って話を聞いていたジャリスは自分が何度かサイクズル商会に来店した事が有る様な気がしてきた。

 この精度の説明を、机を隔てて向こうにいる人間に分かり易くするために逆さ文字と逆さ絵でやってのけているイタバッサという有能な男を手放したサイクズル商会の長は勿体無いとジャリスは心の中で評価した。

 一商会の副会長として、ジャリスは半人前にも満たない。勿論会長(の裏で糸を引いている教授)からの史実スパルタが唸る程度の特訓を受けているが、それは付け焼刃なのだから当然だ。対してイタバッサは理不尽な環境下で働き続け、それでも負けずに生き残ってきた結果、使い込まれたナイフの様な刃となっていた。

 本人の自己評価こそ低いものの、イタバッサは真面目な性格で信頼されやすく、相手は彼に力を貸しやすいだろう。

 描画や逆さ文字に関しても元々出来た訳でなく、こういった状況下で役立つからと協力を得て練習してここまで到っている。

 あらゆるものを真摯に受け止め、糧として、そうして知らぬ間に化ける。

 愚直で真面目。そんな三文小説の詰まらない端役の如き男はしかし、現実に在って鋭く磨いていければこうなる。

 もし、モラン商会でこの才を存分に振るえれば、商会はどうなるだろうか?

 (隙を見て副会長業務、任せよう。)

 説明を聞きながらもジャリスは必死にそんな事を決心していた。


 「問題はここからで、地上五階建てになっていますが、地下にも従業員が知っているフロアが一つ。従業員の一部しか知らない隠しフロアが一つ。計二つあります。

 地下一階は三・四階同様に倉庫、ただし直射日光を避けたいものや温度管理が必要なものが多く、冷蔵・冷凍設備があります。そして、地下二階は危険物や超高額商品、禁制の商品、例の首輪も置いてあって、同時に店外に逃げられる隠し通路が有る上に脱出の出口が複数あるので対策しておかねばなりません。

 ここを使われた場合、肝心の主犯格が確実に逃げるので対策をしなければなりません。」

 「……なら突入段階で隠しフロアを押さえないとダメか。」

 「残念ながら各フロアに地下二階に通じる隠し通路が有るので確実に逃げられます。

 少し厄介ですが隠し通路側にも人員を回しておいて下さい。

 地下二階から少なくとも三つに分岐しているので予め出口側に人員配置をしつつ突入段階で地下二階にも人を送って押さえて下さい。

 ちなみに、一階店舗も強盗対策にある程度武装が整っていますので気を付けて下さい。

 こちらは後で武装をリストアップして対策も書いておきます。」

 イタバッサの目が、燃えていた。




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