コズマ=ボンノーの伝説 12章
容姿は既に調整と確認を終えている。あとやるべきこと……声を整えて記憶にある肉声に近付けていく。
あー 高過ぎる。
あー 高さは同じだが響かせ方に違いがある。もっと、こう…口の中で響かせないような声だ。
あー 記憶の中の声と自分の喉から出る声がぴったりと嵌った。
次に話し方や言葉遣い。声が同じでも話し方や言葉遣いが違えばそれは違和感になり、相手に疑いの種を蒔き、露見につながる。
この声で訛りがあればそれは違和感。
この声で丁寧な言葉遣いは違和感。
この声で乱暴な言葉遣いでも違和感。
この声であの男を『隊長』・『ボンノーさん』・『ボンノー隊長』と呼ばなければ違和感。
この声で訛りは無い。乱暴ではないが、何処かのお坊ちゃんとは思えない言葉遣いで。『隊長』・『ボンノーさん』・『ボンノー隊長』のどれかで呼びかける。
「隊長、隊長、ボンノー隊長!」
あの隊長の部下の男を真似て駆け寄る。
光を操る系統の魔法しか使えない俺は容姿を光で真似、声と仕草は実際に見聞きしたものを模倣する事で潜入と偽装・攪乱を繰り返してきた。この暴力社会でそんな面倒で手間のかかるものを使う輩は少数だから重宝された。
「アァ?あ、何でお前がここに居る?」
どうやら変装は成功したらしい。
さっきまで陰で見ていた怪物は、動きを止めて、手にしていた何かを見ずに捨てた。ああ、今度潰す事になっていた胸糞の悪い奴隷商人だったな……
「手前、今日は夜勤だったろうが。なんでこんな所で油売ってんだよ。」
さっきまで言葉を捨てた獣が一瞬で人間になった。さっきまで鋭く目をランランとぎらつかせて何処を見ているのか分からない奴だった。それが一瞬で切り替わって穏やかな目になった。
警備官のコイツの評判は清廉潔白で品行方正だと聞いている。
で、今さっき向こうで様子を見ていた男は『こっち側』にいる奴の、しかも取り返しのつかない所まで行った奴の目だった。
で、今見ているのは聞いていた評判の男だ。
なんだコイツ?反吐が出る。
今の今まで暴力と破壊噛ましていたヤツがいきなり鬱陶しいルールの番人に変わる。何故返り血で真っ赤なまま警備官の面が出来る?
「……先刻警備局の前に暴行された男が投げ込まれました。
話を聞いたところ、ソイツがどうも、警備官の家族に、危害を加えようとしてしくじったという、話を…し始、め……」
上司を怖がる部下の演技をする。それは今完璧なものだろう。
人間が怪物に変わる過程を目の前にして足が震えている。
「そうか、ワカッタ。直ぐ行こう。…有難う御座います。」
目の奥に居る獣をそのままに脇目も振らず消えていった。
この騒動の犯人を捕まえて〆た後、部下に指示して警備の所にソイツを投げ込むようにした。
ソイツが今回やった事、それまでやってきた事を証拠同封の手紙にして、だ。
あの怪物の前に犯人をそのまま置いても事が収まる訳が無い。だから犯人をこちらで押さえ、警備局に
今回ド阿呆の犯人以外に襲われた連中は完全にとばっちりだ。
今回の一連の壊滅に関しては警備連中が何もしないで怪物を放置しているのが悪い。後の始末は手前ら身内でやれという事で決定した。
最悪俺が犯人に化けて警備局の所まで引き連れて行く事も覚悟していたが、実行しないで終わった事を心から安堵している。
丁寧にこっち側の人間だけがタコ殴りにされた地面にしりもちをついた。
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