モラン商会の朝は早……くない

 『モラン商会』

 この商会の朝は早くない。


 『雇われた以上、俺はやるさ………………ま、やるしかねぇからな。』

 モラン商会副会長、元傭兵のジャリスは自分の言った言葉を後悔していた。

 目の前の書類は片付けても片付けても不思議な事に増えていく。

 自身の性分を考えて、商会拠点が出来た時に頑丈で大きめの安い机を買った。

 そして、それは甘かったと痛感している。

 机に乗りきらない書類の山が地面から聳え立って机の高さに並び、その上にも更に書類が山積み。

 見えない。書類しかみえない。カミガミエル、じがみえ、じ?なにかのせんがたくさんならんでいる。

 『俺はサボっているのか?』『幻覚を見ているのか?』『あれ?意識が向こうの方に、視界が遠退いて』

 『副会長!起きて下さい!死んでる暇は無いッスよ!』

 体から感覚が無くなっていた事に、肩を叩かれてやっと気付いた。

 「お゛……レン、ゆめかよ。」

 巧く体が動かない。感覚が戻って調子を取り戻している段階だ。

 「副会長、死んでる暇は無いッス。大口商談相手の情報と契約証書、あとは各地から皆が取って来てくれた新規商品リスト追加ッス。

 止まったら死ぬッスよ。」

 目の前の書類の山が更に増えた気がする。もう書く場所が無くなってきた。

 「レン、頼むから手伝ってくれ。私一人では……」

 「副会長、皆一斉に出払ってもう店番が俺一人ッス。

 在庫補充、販売、運搬依頼、代理販売依頼、店の周囲の掃除、嫌がらせの迎撃。これに加えて書類仕事はもう無理ッス。

 分身、分身出来る魔法を覚えたら……あ、そしたら超寝たいッス。」

 レンの方も参っている。ダメか………

 「………………………あの『』理事長に手伝わせて…」

 『元』を強調したのはちょっとした仕返しだ。

 危うく殺されかけた相手。契約で殺しはしないが、これくらいの皮肉は許されるだろう。

 「アッチも帳簿計算金勘定を全部引き受けてるんで無理だと思うッス。

 最初は金を目の前に頬擦りしそうだったのが、さっき見たら金の落ちる音で震え上がってたッス。

 せっかく数えた硬貨を最初から数え直しするのが超堪えたみたいッス。

 何より、副会長がその辺の重要な仕事を任せられないって言ってたッス。責任は取ってほしいッス。」

 八方塞がり。

 全方位が敵に見える。しかも、一つ一つが未知で強敵で殺意に溢れている。

 自分の手足以外、吸っている空気から風景から自分の足が付いている地面までもが今直ぐ襲い掛かってきそうな感覚に襲われる感覚。

 外大陸に行ったあの時の感覚に自分が副会長を務める商会の事務所で出会うとは思わなかった。


 「会長、会長を手伝いに……」

 「会長は最重要案件の最中ッス。諦めて下さい。

 傭兵は金で雇われた以上やる事やらないとダメッス。」

 レンが言うようになった。

 それはそれとして、副会長権限で減給する。

 「あ、減給は会長への申請が必須ッスよ。

 忘れないで欲しいッス副会長。」

 モラン商会副会長付き秘書兼店舗部門責任者がしっかり仕事をしていた。


 モラン商会。現在昼も夜も無く忙しい毎日。

 故に、朝が早いという概念は無い。

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