If?:触れ愛67

 「止まった……」

 男は呆けた声でそう言って、腰を抜かした。

 女は男の腕にしがみついたままだったので、男の胸に抱かれるように一緒に倒れ込む。

 「いてぇよ。」

 女は男の腕から離れない。

 男は急な倦怠感で動けず、引き剥がそうという意志もない。

 「良かった、よかった、いきてる、よかった……」

 顔を埋めているが、細く、か細く、か弱く、泣きそうな声が男の胸から聞こえる。

 「……あー、その、なんだ……ありがとな。」

 自由になっている腕を倦怠感を無視して動かして、頭を撫でる。全身が震えていた。二人とも。

 「心配させないで…逃げろなんて言わないで、私を置いていかないで!」

 腕に爪が更に喰い込む。

 男は痛みで顔をしかめそうになるが、離れようとは思わない。

 「ごめん……本当にありがとう。」

 倦怠感に苛まれる男に出来たのは、自分を決して諦めなかった、ただ一人を抱き締めることだけだった。






 「それで、これからどうするんだ?」

 気怠さが残る体を起こし、考えながら疑問をを投げ掛ける。

 「……術式自体は複雑だけど、少し時間があれば解くことは出来た。

 ある程度魔法に理解が有る人達なら、やり方を教えれば皆を助けられるかもしれない!」

 乾いた血がこびり付いた細い指先で顎に触れながら、力強く答える。

 「…………俺はどう逃げるか?どう隠れるかの話をするつもりだったんだが……本気なんだよな?……訊くまでもねえか……。」

 頭を抱えながらも、実のところ、予想はしていたのである。

 持って生まれた才覚や力こそ無いが、それをはね除ける頑張り屋で、いつも必死で、それでも立ち止まらずに突っ走って。

 決して折れない、諦めない、真っ直ぐな気持ち。

 そんな奴がこの状況を放っておく訳は無い。

 「助けることが出来るなら助けたい!」

 真っ直ぐ見られた。

 強引に止めさせる…………出来ない。

 目の前の女に後悔と懺悔と苦しみだけの人生は送って欲しくない。

 目の前の女に死んでいる生き方をして欲しくない。

 何より、その生き方が好きだから。

 「助けるなら俺も一緒だ。

 お前一人だとガス欠で直ぐに役に立たなくなる。

 それが条件。いいな?」

 「解った、無茶しない。だから、二人とも無事で生きましょう。」

 「当たり前だ。」


 二人の反逆者は立ち上がる。

 悪意の奔流を止めるために。

 例え中枢に迫れずとも、少しでも反逆すべく立ち上がる。

 「最初は何処に行く気だ?」

 「いきなり大通りに出てもパニックを増長させる。

 だから、なるべく魔法を使える人がいて、人通りがそこそこな場所から始めたい。」

 「あー、なら、酒呑み横丁だな。

 この時間なら人は多かない。もっと言えば酔って魔法を乱射するバカも結構いる。案内する。」

 路地裏から二人は歩きだし

た。





 「あぁ、この街の皆、聞いてくれるかな?」

 女の声が急に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る