If?:触れ愛66
悲鳴と狂乱。
色は眩しいくらいの赤。
街が真っ赤に染まっていく。地面が赤く塗り潰される。人は赤くなって、赤を突き抜ける光で輝いて、最期は消えて赤くなる。
冷静に思考をしようとしても、それは赤色に染まって散って、冷静を奪う側へと押し流す。
『紋様が体に出来たら爆弾になる』
『光が強くなると爆発する』
『光っているものに触れたら自分も模様が出来る』
誰も彼もがその三つのルールだけは理解して光から逃げ惑う。
そうして逃げた先にはまた光。
逃げて、逃げて、逃げて、光に怯えて、囲まれて、光って、目が眩んで、血に染まって、自分も光って、叫ばれて、逃げられて、怖くて、追い駆けて、助けを求めて、目の前が光って、自分が光って、弾けて、赤くなって、暗くなって………………………………
街の外へと避難しようとして、前方の人ごみの壁に阻まれる。
何が起きているかは解らない。しかし、壁の向こうで光と爆音が急に鳴り響き、悲鳴と共に壁がこっちに襲いかかる。
「もう駄目だ!」「破裂した」「痛い」「怖いよ」「放してくれ」「どうなっているんだ!?」「助けて」「死にたくない」「誰かなんとかして」
理性無き壁が迫り、流される。
動かそうともしていない足が滅茶苦茶に押し流されて浮き上がりながら後ろへ後ろへと進んでいく。
不思議な事に、何故か街から出ようとして出入りの門に近付いた途端、紋様の無かった筈のものが急に輝き、驚く間も無く爆ぜていった。
急に爆ぜたそれは他の場所で起こった爆発よりも何故か大きく、激しく、そこに居たものの欠片を撒き散らし、近くにいたものを巻き込んで赤くする。
訳も分からぬままに破裂に巻き込まれたもの達は赤く染まり、痛みで喚き悶え転げる。
その周囲の無事だったものはなまじ無傷で目の前の惨状を見て発狂ないし恐慌状態に陥り、暴れるもの、逃げるもの、叫ぶもの、泣き狂うものが増えて、広がって、逆流する。
逆流したパニックはそれまで逃げていた筈の光に向かって流れ込み、輝いて破裂して赤くなる。
見ず知らずの誰かの惨劇を作り出す。
見ず知らずの誰かに惨劇を齎される。
惨劇に颯爽と現れるヒーローは現れない。
それでも、ヒーローは居なくとも、名も無き反逆者は居た。
彼、彼女らは街を覆う悪意を穿たんと静かに動いていた。
「大丈夫かよ。」
男の体には紋様が走り、点滅していた。
「大丈夫、というか、やるしかないっしょ?
不注意噛ましたアンタが悪いんだから腹括って手伝って!」
殺戮の街の合間、誰にも気付かれない路地裏で二人は戦っていた。
「と言っても、付与された人間の魔力に干渉してるって事とあの爆発は魔力由来だろうって事しか分からねぇよ。
俺分析苦手だからよぉ。」
紋様の意味を知っている筈の男はその割に冷静だった。
それは、彼が魔法や術式についてある程度の知見を得ているからであり、この狂気を終わらせる解決方法が必ずあると信じているからであり、目の前の女を信じているからである。
「それだけ分かってるなら無い頭と無駄に有る魔力搾り出して寄越して!」
男の手足に走る紋様に触れ、目を瞑り、何事か考える女は言った。
その表情は真剣。目の前の男をどうにかして理不尽な死の運命から逃れられる様にしたいと真に願っているから。
「オッケー頼む。無駄に有るから持ってけ。」
男は目を瞑った女の額に人差し指で触れる。
指先が光り、見えはしないが女へと魔力は流れ込んでいく。
同時に紋様の点滅は速まっていく。
「あれ?ちょっとやばくねぇ?ヤベッ…おい、逃げろ。」
危険を感じた男は女を突き放そうとして、放すことは出来なかった。
女は男の手をしっかりと両手で掴んだから。
「黙って魔力寄越して!絶対助けるから。だから逃げないで!」
必死な事は男の手に爪を突き立て血を流す様から見て取れる。
「……頼む。命、預けるぜ。」
男は覚悟を決めて、女の額に触れる。
(考えろ、考えろ、全部分析するのは無理だったけど、核になる部分は大体出来てる。
要は魔力のある所に付いて魔力を吸って自分のモノにしてるわけだから……術式とコイツの魔力の繋がりを壊せば霧散する!)
女は魔法の源たる魔力は乏しいものの、魔法という技術・知識体系そのものには理解が深かった。
それを駆使して今、目の前にいるたった一人の命を。
男の体の紋様が強く点滅を始める。
男は目を瞑る。
女は男の手を祈る様に掴む。
紋様は最期の光とばかりに目が眩む様に輝き。
男の体から紋様は消えた。
二人はこの戦いに勝った。
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