If?:『悪魔』と呼ばれる魔道具職人の最後の悪夢46

 手元の明るさが先刻さっきと変わった。違う、その角度じゃない。何故変わるんだ?品質に関わるじゃないか。魔道具に当たる光源の角度が変わればそれの見え方も変わる。

 左右のバランスや彫る深さを調整する時に同じ環境で見て差異を確認する。

 計器も無論使うが、それだけではどうにもならない表面の微細な凹凸や複雑なカーブ部分も存在する。完成度に差し障ったらどうするんだ?


 男の苛立ちは傍からすれば理解しがたいもので、理不尽なものだった。

 太陽が昇り、沈み、月が昇り、沈む。それは自然の摂理。そこに意志も理由も無い。

 数日間同じ机に向かい続け、ひたすら何かを作り続ける。しかも、作業に使う部分以外は石像のように固定化されている。という異常極まりない人間の方がおかしいのだ。それを見た者は彼に嫌悪感を抱くだろう。正面から見た時には更に人間的側面を喪っていると思えただろう。

 目は瞼が引き裂かれんばかりに開かれて充血して真っ赤、にも拘らずそれが映しているものは虚無。目の前の魔道具さえ映していない。伽藍洞がらんどう、空白がそこにあるだけ。

 頭髪は鳥が巣を作ったかの様にボサボサに絡み合い、頬には|髭がまばらに浮かび、テラテラと脂が光を反射させている。

 普段漂う薬品や素材の香り。そして、普段は部屋に漂わない体臭と残飯の腐った匂い。

 整然としていた部屋は荒れ放題の廃屋か泥棒に荒らされた後の様に変わってしまっていた。

 部屋の外には最低限の用事でしか出て来ず、もう直ぐ納品予定の筈の魔道具の仕事についても音沙汰が無い。

 『誰かが彼に疑問符を投げ掛ける事はあったか?』と訊かれれば、皆口を揃えて『否』と答える。

 ふらついて今にも倒れそうでありながらも、血に飢えた肉食獣の様にらんらんと目を輝かせる相手にそんな事は出来ない。

 今まで見た事の無い狂気を撒き散らすその様を見ているだけだった。



 いつもは期日を守る筈の職人の仕事が遅れて依頼主は立腹。『何があったのか?』と職人の周囲に訊ねて彼のその異常を知り、そうなった理由を考える。

 結婚前は違ったが、結婚後は先ず家族が優先。その後に魔道具を優先する男になった彼が家に帰らず、指先を少し切ったと聞いて顔を真っ青にしてやって来た事もあった家族は心配して工房にやって来る事も無く、そうして彼が何をするかと言えば依頼もされていない魔道具制作に没頭。

 こうなると噂好きが、『乱心でもしたか?』、『嫁と子どもが愛想を尽かして実家に帰ったか?』『また妙なモノでも作っているんじゃ無いか?』と邪推し、根拠のないそれを悪意無く単純な享楽としてバラ撒く事は想像に難くない。

 実際、あちこちから職人の乱心や浮気、幼少期の異常行動、裏社会との関係性まで黒い噂が立ち込める様になってしまった。




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