If?:気まぐれで変わった破落戸達の最後の悪夢16
悪臭と暗闇は依然変わりません。
そして、今現在、私はまたしても誰かに運ばれている状態です。
グラスの割れる音がした後、知らない声がしたかと思えば、一度地面に降ろされ、その後、周囲に数人の足音が聞こえ、何かをヒソヒソと話していたかと思えば、何時の間にか、またしても誰かに運ばれていました。
ただ、先程の詐欺師さんの様に賑やかに喋る訳ではなく、何度か小声で何かを言っているのが聞こえただけ。それも、相槌と指示語が殆どで、詳しい話の内容は何もわかりませんでした。
『攫う相手が変わっただけで私の危機的状況は何も変わっていない。』
そう考える事が私の正しく、あるべき考え方でしょう。
先程の小声の会話も、私の行く先を左右する『何か』を、もしかしたら決める為の相談だったのかもしれません。
つい先程、考えが甘かったが故に騙されて命の危機に瀕していた私が考えるのは、新たな危機的状況を危険視し、打開する方法を何としても見つけて、両親と使用人達と友人の待つ日向の世界へ戻る事であるべきなのでしょう。
しかし、そうは思えなかったのです。
『逃げなければならない』や、『怖い』や、『死にたくない』と言った恐ろしい感情が不思議と湧かなかったのです。
無論、先程と打って変っての凪の様な静かさ…と言うだけで安心した訳では有りません。
先程から、私は誰かに運ばれているのですが、私を荷物の様に扱わず、大きく揺れ動く事も無く、動きに細心の注意を払っている事が解るのです。
『赤子を抱く母親』と表現すれば良いのでしょうか?
今、私は誰かに背負われているのでしょうが、背負う誰かが何処かを曲がる際、歩みを緩め、後ろに居る私が傷付かないかどうかを確認している様なのです。
人を背負うと、動きの勝手も、距離感も、体勢も、普段自分がある状況とは全く違います。
不用意に動けば、背中に居る人間を傷付ける事もあるのです。
『誰か』は、それを知った上で、私を慮っているのです。
先程までの方と違い、私を『商品』や『もの』として扱っていない様に思えます。
「足元危ないぞ、手を。」「悪い。」
そんな会話が聞こえてきました。
その後、階段を上る様な動きが背負われながらも感じられました。
「ほら、さっさと家に帰って親御さんを安心させな。」
背負われていた状態から降ろされ、顔を覆っていた悪臭漂う布が慎重に外され、目の前に広がったのは檻の中でもなく、血溜まりが拡がる恐ろしい拷問部屋でも無く、見慣れた大通りの風景でした。
私が立っているのは、魔道具の話を聞いた場所から少し離れた大通りの道の隅でした。
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