If3?:アールブルー学園にさよならを…そして
乾いた木材の焼ける匂いがする。芳しいとは程遠い、鼻が、喉が、肺が、それを体の中に取り込もうとするのを拒否する、はっきり言って忌々しく不快な匂い。
熱気はこの距離まで離れても服越しで肌を焼き、その痛みは真夏の強烈な日差しと灼熱を彷彿とさせる。
さっき迄辛うじて聞こえていた悲鳴はもう聞こえず、死への抵抗も聞こえず、轟々と炎が燃え上がり、建材が高温に音を上げて砕け折れる音だけが背後の建物から聞こえる。
足元を見ればドス黒く凝固した血と骨肉の華。
中には虚空の恐ろしい何かを見て恐怖しているモノも在った。
中には頭が花弁の一部になって原型が無いモノも在った。
炎から逃げるために飛んだ命。それをすり潰して咲いたその華は不気味で、悪趣味で、そこに美は無かった。
火炎で輝く、醜悪な一面の花畑。
振り返って見上げれば、昇る暗雲と眩い炎、そして崩壊していく宿舎。
端から見れば花園。それがこの学園、だった。
しかし今、この状況を見た全ての人がここを『地獄』と称しても表現に不足はない。
生き残った者は無く、思い出も、伝統も、歴史も、死体も、証拠も、全て、全てが焼けていく。
燃え上がる炎が校舎にまで手を伸ばした。
あそこもまた、あっという間に焼けていくのだ。
さぁ、邪魔な人間は不幸で凄惨な事故によって全て消えた。
私を疑う者は焼かれ、追求する弁舌を失った。
疑いを抱く頭脳は地面に撒き散らされ、もう働きはしない。
私が過去にここで何をしたかを追求していくことは、証拠が焼失した今、もはや叶わず、そうなっては最早裁くことなど誰にも叶わない。
そもそも……だ。
「シェリー=モリアーティーが死んだ今、誰も私を疑いなどしない。」
おもむろに懐から手帳を取り出す。
表面は汚れ、頁は濡れた後で乾かした様に皺だらけなのが開くまでも無く解るボロボロの手帳。
『着火』
つまみ上げた手帳が燃えていく。
文字は歪み、汚れは全て黒く、紅く燃えて、喪われていく。
地面に落ちたそれは火事で焼けたものとの区別がつかなくなり、灰になって、熱風で吹き飛ばされて消えてなくなった。
その手帳には何が書かれていたかは、もう誰にも解らない。
「さて、私も荷物を取りに行かねばな。」
ゆっくりした足取りで歩を進める。
そこに苦悩は無い。
そこに哀れみは無い。
そこに慈しみは無い。
そこに憎しみは無い。
そこに罪悪感はない。
そこに怒りは無い。
そこに蔑みは無い。
そこに妬みは無い。
そこに昂りは無い。
そこに感動は無い。
そこに興奮は無い。
そこに感慨は無い。
数多の人の命を燃やして輝く火炎を背後にして、淡々と、ことも無く、歩み去っていく。
木々に埋もれていく彼女の後姿を見たのは命を燃やす炎と、そして栄光と虚栄と蟲毒に飾られた伏魔殿の残骸だけだった。
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