If2:出会わなかった故の不変という変化


 身体が熱い。

 身体の中を何かが食い荒らした様に痛い。

 痛みを訴えようとして、助けを求めようとして足掻きたいが、それも許されない。

 身体が、重くて動かない。

 身体の中心で心臓が跳ね回り、全身の血管がドクドクとそれに呼応して暴れる。

 苦しい………………。


 しかし、それは長く続かなかった。

 急に身体から熱が引いていき、寒くなって来た。

 痛みが無くなり……感じなくなってきた。

 痛みを訴え、助けを求めようという気持ちが急激に薄れ、如何でも良くなってくる。

 身体が軽くなり、心臓と血管の喧騒も聞こえなくなってきた。


 私は……死ぬのか……………。

 「ヒュー………………                」

 口から一筋の血が流れ落ち、最後の呼吸が終り、エスパダ=ソド=エジールの人生は真っ暗な校舎の一画、誰にも送られずに幕を引いた。



 毒の蜜の効力。

 遅効性だが、血中に入り込んでも経口でも効果を発揮する。

 初期症状は発汗、動悸、息切れ、血圧上昇、発疹、発熱。最終的には眩暈と多臓器不全、吐血を引き起こす中々な猛毒だ。

 あー、致死性の植物を由緒有る学園の傍に生やすというのは中々に良い趣味だと思うね。

 「………ノぉ……」

 足元で脳筋教師が声を絞り出そうとしていた。

 「許…………殺……、前…………………」

 「死ぬ人間が何を言おうが何の意味も無いよ。

 あぁ、ダイイングメッセージを残そうという努力は無意味だからそのつもりで。残そうが君が死んだら即刻消すし、証拠も残さない。

 精々死体となって他二人同様に私のこの後の役に立ちたまえ。」

 「………………………コポコポコポ……             」

 最後に口からドス黒い血が零れ落ち、無音になった。


 理不尽も、戦力差も、暴力も、権力も、財力も、幸運も……何もかも全て。

 踏み躙る。

 死ねば全て失い、力は意味を失う。

 これこそがモリアーティー。

 他人ヒトの死によって飾られた、退屈でどうしようもなく楽しくも無い人生。

 ………さて、これで第一段階は終了した。

 直に職員棟から人が来る、その前に一つ仕込みだけして、誰にも見られず自室に戻ってしまわねばな。


 死体を後に少女は真夜中の校舎を悠々と歩く。

 その顔には何の喜びも悲しみも昂揚も寂寥も興奮も虚無感も無い。

 道を歩いていて蟻を踏みつぶし、それに全く気付いていない。そんな表現が相応しい。

 しかし、彼女が今夜行った行為は蟻を踏みつぶした訳ではない。

 一晩で三件の殺人。

 毒と体術を使い、三人の有り得た時間、幸福、不幸、喜劇、悲劇、事件、奇跡を悉く霧散させた。

 その行為に彼女、彼は何の感情も抱いていない。

 蟻を踏みつぶす事は人の命を踏みつぶす事だ。



 感情を揺るがす?

 その行為に感情を抱ける訳が無い。



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