If2:準備万端
太陽は沈みかかり、東の空は暗く、三日月と太陽が同じ空に浮かんでいた。
結局、私が倉庫の片付けを終えたのは夕刻になっての事だった。
既に本日最終授業は終わり、夕食の時間になってしまった。
整理整頓された倉庫を後にして、一度自室に着替えに戻る。汗と土埃にまみれた姿で食事に行けば、何を言われるか解ったものでは……容易に想像が出来てしまう訳だからね。
食堂に行くと、芳しいパンと肉が焼ける香り、その後に続くように野菜スープの香りが追いかけて鼻腔を刺激する。
空腹でなかった……と言えば嘘になるな。
さぁ、適度に食べて次に備えよう。
睡眠と食事を疎かにしては如何な計算も出来ず、実行なぞ予め計算していても出来やしないのだから。
だからと言って過度に摂る事は推奨しないがね。
赤、緑、黄色と色鮮やかな野菜のスープ、肉の脂が輝く薫製肉と芋のソテー、パリッと焼けた小麦色の丸パン、元々有る意味記憶には無い果実を受け取り、席に着くと私は黙々とそれらを堪能した。
野菜の甘味と旨味が溶けて渾然一体となったスープが一口、喉を通る。
すると、肉体が空腹を改めて実感し、パンを口にする。
表面のパリッとした食感、中のモチモチとした食感に加えて小麦の香りが鼻腔を突き抜ける。
肉と芋のソテーを更に口にして、芋の甘さと肉の塩味、香辛料の香り、そして脂が口の中で弾ける。
脂の旨味を芋が吸い上げ、余すところなく肉と芋の旨さがその料理の中にはあった。
(実に旨い)
そんな事を思いながら更にスープが喉を滑る。
食事を味わいながら周囲に気付かれないように辺り一帯を観察する。
遠巻きに私をチラチラ見るものは居る、ヒソヒソ話す者も居るが、別にこれといったアプローチはない。
昼間の事が尾を引いているのだろう。こちらを伺いつつ小声で話す者は当然居るし、ギョッとした顔を隠すことなくこちらを見る者さえいた。
が、その中に敵意や殺意を帯びた視線は一つも無かった。
昼間の件について話を広めているだけの単に噂好きな輩と、その噂を聞いて今までのシェリー=モリアーティーの印象との相違に驚き、恐怖する輩ばかりだ。
(まだ寝ているか、はたまた、もう起きているか………
まぁ、どちらにしろ、仕掛けるとしたらこれからだね。)
今は食事が一番とばかりに丸パンを潰さない様に細心の注意を払いつつ…………
パリッ
小さく引き千切り、口に入れた。
食事を終え、最後に未知の果実の甘味と酸味を楽しんだ後、何事も起こらないまま食堂を後にした私は自室への階段を上っていた。
気分上々……とまではいかないが、美味で腹八分目位は満たされて悪い気分ではなかった。
まぁ、後ろから来る輩が居なければ尚良かったのだが…………。
周囲に人はなく、日が暮れて外も内も静寂。
先程まで夕日と一緒に在った三日月だけが輝いていた。
無音状況で人を
あれでは幾ら嵐の晩であろうとも見つかるだろうが、お粗末が過ぎる。馬鹿にしているのかね?
チャンスを狙っているのだろうが、既に周囲には誰も居ない。狙うべきチャンスはここに有るだろう!
………何を考えているのやら……察するが、あまりにお粗末だ。
「ミス=モリアーティー?少しよくって?
昼間の件について先生が御呼びでしてよ?」
後ろからやっと声が掛かった。
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