If2:弱体化
幽霊……私がそんな単語を口にするのは荒唐無稽で笑えるが、幽霊たる私にそれ以前の記憶は無い。
厳密に言えば記憶が半分無い。エピソード記憶は無いが、意味記憶は有る状態………解り辛いな……言い方を変えよう。
私は、物の意味や知識はふんだんに知ってはいる。が、それに付随するべき、存在する筈のエピソードを知らない、憶えていない状態だ。
例えば、私は割り算の方法とそれがどういった概念でどういった使い方であるかを知っている…が、割り算のやり方を何処で、誰に、どんな風に教わったかは憶えていない訳だ。
人間の肉体の構造を知っているし、何処を如何切れば、叩けば、縛れば、焼けば………どんな反応をして、如何なってしまうのかは知っている。が、どうしてそんな事を知っているかは知らない。
だから、知ってはいるものの、知っている実感が無い。
知識は有れど、経験が無い。
これは実に大きな欠点だ。
やり方を知っていても、付随するエピソード無くては真にその知識を活用する事は出来ない。
やり方や知識を知っていても、それが実際に如何作用するか、如何いったエラーを起こすかは実感として解っていない。
実感が無いから、反射という時に厄介で時に有益な手段も十全に働かない。
特に、肉体を動かす系統。瞬間的な反射や適格な反応がモノを言う近接での荒事、暴力、殺し合いになった場合、そのエラーは致命的。
『記憶が半分無い状態の私』と、仮に『記憶が全て有る状態の私』が対峙し、近接で殺し合いをした場合、数秒で
『記憶が半分欠落している』という事は、実力が半分…………という事では無い。
特に私の場合、それは顕著だ。
戦術、戦略、奸計、謀略、策略、詐術、騙し合いにおいて私は幾つもの知識を瞬間的に加法、減法、乗法、除法する事で最適な解法を導き出す。
知識量の半減が齎す損害は半分では済まされない。
圧倒的戦術差で数秒の命。
情けない。肉体を喪い、エピソード記憶を喪って貧弱この上無くなってしまった。
無様。
この肉体を完全に使いこなしているとも言い切れず、この世界の『魔法』と言うものも完全な理解をしているとは言い切れない。
嗚呼、私は……弱い。
「う………ぅぅぅぅぅ……………」
「ヵヒュー…………クヒュー…………カフッ!」
「………………………………………。」
足元に三つの塊が転がっている。
地面を勝手に転げまわり、上等な服は土埃と泥で汚れている。
血こそ出ていないものの、服から見えている素肌には赤い線の様な蚯蚓腫れが幾つも浮かび上がり、息も絶え絶え。
手に握られた木剣は根元からボッキリと折れていた。
汚れ一つ無い服。
見える範囲にも見えない範囲にも傷は無く、息切れ一つ無く涼しい顔。
手に持った木剣は新品の様に綺麗だった。
私は矢張り弱くなっている。嘆かわしい。そして、それ以上にこの弱さは致命的だ。
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