If1:何もしていない。


 「ゲホッげほっ!あ゛ゥ˝ッ……な………何よごれ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝!」

 体中が痛い。

 纏った服が冷たい汚水を吸って重い。

 耐え難い悪臭と水が鼻を突き刺す。

 「何⁉」

 痛みと重さで動かない体を動かそうとするも、ジャブジャブ音がするだけで上手く動かない。

 そうしている間に身体は冷えていく。

 「モリアーティーィィィイイイイイイ!!!!!!!」

 上空に広がる丸い空へ声を上げる。

 井戸の壁に声は反射して存分にその断末魔は響いたが、それが他の誰かの耳に届く事は無かった。


 少し時間を遡る。


 モリアーティーに文句を言った後、直ぐに上から音が、つまりモリアーティーの部屋からドタドタ音が聞こえた。

 文句を言おうと部屋の扉を開けると、誰かが階段を駆け下りる姿が見えた。

 モリアーティーだった。

 (あの下民、何をする気?)

 この学園には悲しい程に娯楽が無い。

 部屋を出た所で遊べる場所は無いし、別の部屋で友人との談笑………ハハッ………

 (有り得ない。

 ここに居るのは選ばれた貴族の娘のみ。あんなどこの馬の骨とも知れない奴、相手にする訳が無い。)

 そうしている間に、階段を降りていく音が聞こえる。

 (もしかして……外に出る気?許可も無く?)


 この時の豚嬢の判断は正しかった。

 この私…の外側、シェリー=モリアーティーは娯楽や談笑の為に部屋の外に出た訳では無い。

 外に出て『釣り』をしていた。

 しかし、釣りと言っても、竿と釣り針で魚を取る漁法では無い。

 釣るのは人間だ。

 不快指数を上げる為にワザと足音を鳴らし、豚嬢が目撃する様に階段を降りる。

 そうすれば豚嬢は如何するか?

 声を掛ける?否、違う。

 このタイミング、この状況で私が外に出る意味を確かめるべく尾行する。


 この学園には幾つか校則が有る。

 その内容は厳しいとは言い難いが、ペナルティーは重い。

 何せ、この学校から退学させられるのだ。ぬるい校則であれど、破ろうとはしないし、破った事を教師陣に知られたいとは思わない。

 だから、もし、シェリー=モリアーティーが校則を破るマネをしたら、校則を破るかもしれないと思わせたら……豚嬢は冷静さを欠いて私…シェリー=モリアーティーを尾行する。

 決定的な校則違反を取り締まる正義の味方に成ると同時に、シェリー=モリアーティーという邪魔者を校則に則って…、つまり、この社会における『合法』的に始末出来る。

 自分の手を汚さず、自分を良い子に見せて、目的を果たせる。

 そんな手段が転がっていたら、あまりの美味しさで飛び付く。




 その結果がコレだ。

 学園の敷地外に飛び出し、雑木林の中に有った古井戸に気付かず、落ちていった。




 今まで私がして来た事。

 1.階下に音を響かせる。

 2.敷地外に出る。

 この二つだけ。

 私は何も、していない。



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