If1:何ということはしない。


 『法』

 それは時に正義であり、時に罪に対する罰であるもので、常に鎖である。

 法が正義に成らずとも、方が罰に成らずとも、法は常に鎖として全てを縛り付ける。

 そして、その鎖は全てを縛り付けるが、平等に縛る訳では無い。

 力有る者は鎖を逃れ、自分が鎖を持ち、鎖に繋がれた者を搾取して飼い主になろうとする。


 全く以て度し難い。


 私は数式が好きだ。

 数式の良い所は『嘘が無く、平等である事』だ。


 『1+1=2』 1+1と2は同じである。

 『1+3=2』はなく、『1+3=4』又は『1+3≠2』である。

 平等なら平等。

 不平等なら不平等。

 それを捻じ曲げる事は許されない。


 「君の様な非数式的な輩は嫌いなのだよ。

 特に、君の様に自分が無力である事を自覚せずに力を持ったと勘違いして傲慢に振る舞う連中は不愉快でしかない。」

 古井戸を覗き込むと、濡れ鼠……濡れ豚が見える。

 水が残り、転落死せずに生きている事は知っている。

 それを考慮した上でここに落とした。

 下手に転落死をさせると、後々の事を考えて厄介だったからね。



 「モリアーティー!モリアーティー!居るのでしょう!サッサと私を助けなさい!

 速く助けないと承知しないわよ!」

 死に体の豚嬢が眼下の古井戸内で叫ぶ。

 その声が古井戸の壁で反響して響く………が、響いた所で、ここは学園から物理的に離れて到底聞かれる事は無い。

 そして、ここは既に人の管轄を離れて雑木林と化している。

 探しに来る者が何処に居る?

 何処にも居ないさ。


 「ここで私が貴女を殺しても、誰もその事に気付かずに貴女は終わる。

 あまりに無様な死に方ですね。

 私を追いかけ、それに気付かれて嵌められて。最終的には無様に死んでいく。

 まぁ、安心して下さい。人間は高貴も下賤も関係無く最後には死んでいきます。」

  そう言いながら古井戸の近くにあった岩を持ち上げる。

 ある程度の大きさでは有るものの、少女の細腕で辛うじて持ち上がる。


 ガツン!


 古井戸の縁に石を置く。

 石で組まれた井戸が石の重みでガタつく。

 「アナタ、何をする気、何をする気!何をする気ッ!」

 古井戸の中から上ずった声が響いてくる。

 「何をする気も何も、殺すんですよ。

 ここまで酷い目に遭わされた人間が、バレバレの尾行を放置して、わざわざここまで誘い込んだ意味なんて他に有りますか?」

 「それをさっさと元に戻しなさい……そして、私を引き上げなさい。

 今なら未だ間に合うけど、やっては冗談では済まないわよ?」

 「コレを元に戻して何に成ると?

 引き揚げたら私に関する在らぬデマを学園の人間に吹き込むでしょう?

 そして何より、私は冗談でこんな事はしません。」

 淡々と、坦々と、如何という事も無い

 「や、や…や、止めろ!止めなさい!止めて!お願いだから!」

 古井戸の底、急に顔から血の気が失せ、恐怖と震えがここからでも見える様になった。

 本当に命の危機に曝されていると知って、やっと命乞いを始めたか………。

 「まぁ、そんな事、私にとっては誤差にも成らない。」


 カツッ


 古井戸の縁に載せた石を蹴る。


 「待っ…」ガツッ!……ジャボッ。


 古井戸に吸い込まれたソレは何か堅いものにぶつかり、水飛沫を小さく上げて消えていった。

 「お仕舞。次だ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る