獣と理性の怪物


 レッドライン家陣営にて。




 「行くぞ。お前は待たせてある連中を引き連れて奴等の持ち物を攫え。」

 「ルセェ!命令出来る立場かよ!

 ……だがァ!まぁ良い。別に、ブツさえ如何にかなればは如何でも良いんだろ?」

 目がランランと輝く男。それを見て澄まし顔が呆れたように頭を抱える。

 「好きにしろ……だが、『他の貴族連中を間違えて皆殺しにする』なんて洒落にならない勘違いは止めろ。」

 「馬鹿か手前!こちとら素人じゃねぇんだァ!

 じゃ!という事で、俺は先に

 そう言ってズンズンガチャガチャともの凄い勢いで伏魔殿から出て行った。

 澄まし顔はため息を吐くと切り替えてこう言った。

 「さて……こちらもこちらで後始末と行くか。

 残りの者は全員、帰還準備を!」

 近くに居た部下達に声をかけ、レッドライン家のの人間は帰還準備を始めた。

 他の貴族連中も一部が帰還準備を始めた。

 そう、

 一部の連中は荷台に人だけ詰め込むと、そそくさと馬車を発車させ、伏魔殿から出て行った。



 「さて、ここからは彼らだけの力で如何にかせねばならない。」

 「無事………逃げて下さい。」

 沈痛な面持ちでシェリー君は目の前に居た馬車が走っていく様を見ていた。

 我々にはもう傍観以外にやるべき事は無い。

 「ミス=モリアーティー!ミス=モリアーティーは居ますか?」

 後ろから鋭い声が飛んでくる。

 後ろを振り向くと鋭く冷たい目をぐるりと見回して誰かを探すミス=フィアレディーが居た。

 「こちらに!どうかなさいましたか!」

 急ぎ足で、かつ優雅に恐怖の淑女の元へと向かうシェリー君。

 「貴女には訊きたい事が有ります。」

 「はい。」

 「解放後で疲労はあるかと思いますが、出来ますね?」

 「勿論です。」

 そう言って優雅にお辞儀をする。

 「よろしい。では、職員室で詳しい話を訊かせて貰います。

 が、その前に!」

 「はい?」

 「その土で汚れた手を洗っていらっしゃい。

 職員室は土で汚れて良い場所では有りません。宜しいですね?」

 そう言って地面に突き刺さる槍の様に直立する淑女はシェリー君の手にその目を向けた。

 確かに、その手は黒い砂の様な物で汚れていた。

 「畏まりました。では、直ぐに。」

 「急ぎなさい。こちらも事後処理が有りますので、手早く済ませますよ。」

 そう言って彼女は学園へと足早に去っていった。





 レッドライン家武官、ドレッド。

 彼はアールブルー学園を出て直ぐの草原に居た。

 ただ広いだけの、何も無い草原。

 彼はそこでおもむろに懐から何かを取り出すと、手に持って夜空に掲げる。

 一度、二度。その手を大きく振る。


 グニャリ


 近くの風景が歪み、いきなりそこに馬車の集団が現れた。

 鎧を身に纏った男達が馬車に乗り、今直ぐにでも走り出せる準備が出来ていた。

 「命令だァ。手前ら、さっき行った馬車を止めて中身をぶんどれ。」

 その一言で男達の纏う雰囲気が重く、ピリピリしたものに変わった。

 「乗っている者達は?」

 「皆殺しに決まってんだろ?」

 「先程別の馬車が追いかけましたが?」

 「轢き潰せ!」

 「それは流石にマズイのでは……」

 おずおずと進言する男、が。

 「あァ?」

 「ヒッ!すいません。」

 大男の一睨で反対意見は黙殺された。

 「出発だ!サッサと殺してサッサと帰るぞ。」

 狂気に満ちた獣が先導する馬車の集団が今、同盟へと牙を向いた。

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