伝承は生まれた

「カァハッ……!」

目が覚めると、そこには空が広がっていた。

跳ね起きる………跳ね起きられた・・・・・・・

体を見る。身体は有る。動く!痛覚が有る!溶けていない!

辺りを見回す。五体満足。溶解していない皆が同じ様に起き上がっている。

さっき迄見ていたのは……夢だったの、か…………?


鼻腔を満たす腐臭、溶かされた腕や足の感触と色、肉が滴り落ちて上げる悲鳴の響き、自分の口に入って来る自分の溶けた体の味、地獄の様な………地獄の光景。


どれもこれもが幻影を魔法で見せられたとは思えない。

最後に命乞いをして肉体が溶け切るまでの一連の悪夢は自分の経験として肉体と精神にこびり付いている。

思い出しただけで吐き気がして来る。何かで殴られたかの様に視界がぐるぐると回る。

肉体が溶けて目の前で地面に水溜まりとして広がるという、死ぬ迄に一度も経験した事が在ってはならない、絶対に在ってはならないあの感覚は………………………

 が、しかし、落ち着け。あの悪夢では他の皆が既に溶かされ、自身が最後の溶解者だった。

が、どうだろうか?目の前には溶けた筈の皆が居て、自分の肉体は地面に水溜まりとして広がる気配は無い。

持ち上げても自重でドロリと滴る事は無い。

夢だ。あれは実に精巧に出来た夢だ!

そうだ、俺達はあの餓鬼に一杯食わされて少し寝ていただけだ。

その時に悪夢をつい、見てしまっただけだ。

あの餓鬼が巨人?馬鹿な。なら何で最初から餓鬼の姿をしていた?

そうだ、そうだそうだそうだ!俺達の仕事を邪魔した餓鬼に仕置きをして、あの奴隷共を取り戻さなくっちゃならない!



起き上がり、周囲を見回す。無事に生きている皆。命が有る。ならば何度でも奪える。

さぁ、また奪いに行こう!




体が強張って動かなくなった。

魔法の類や体の痺れではない。

恐怖で体がすくんでしまった。

自分達が居るのは寂れた街道沿いの横の草むら。

しかし、そこには有り得ないものが有った。

大きな手形だ。

人間の物とは思えない、数メートルは有ろう大きな手形が地面へ押し付けられて出来た跡があった。

悪夢が脳内で再び蘇り、想像の内で肉が溶け始める。

直ぐ傍の丘を越えれば労働力が手に入る。しかし、そちらへ意識を向ける事が怖い。

足を向けようと歩き出し、身体から力が抜けて吐き気がこみ上げる。

口を押える。

『この先には行ってはいけない。』

肉体がそう叫ぶ。

他の皆も同じ様に口を押さえて跪く。





この日から、この近辺には賊が出なくなった。

元々寂れた場所で賊など出なかったが、ある噂が立ち、悪事を企む者はここを忌み嫌うようになった。


 『人に牙を剥く者を地母神が溶かして文字通り土に還してしまう。』


そんな噂があちこちから立つようになったからだ。

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