反省会と後始末

『酸素』というものを知っているかね?

空気中に存在して、人間だけでなく他の動物にも無くてはならない物質。

これを空気中から奪えば相手を酸欠で死に至らしめる事が出来る。

道中、これをシェリー君が調整して熊相手を昏倒させる為に使っていた。


酸素は確かに無くてはならないものだ。しかし、逆に多すぎても問題が起こる。

『酸素中毒』。濃度が高すぎる酸素は生物にとって猛毒となり、死に至らしめる。

今回は空気中の酸素だけを抽出してゴリラ擬きに吸わせた。

シェリー君の使った方法とは真逆のアプローチ。しかし、結果として相手の自由を奪った。

一方に偏らせる場合、またその逆の方向に偏らせる場合、均衡を崩す事で同様の現象を発生させる事が出来る。『視点を変える事が有効である。』・『こんな方法も有る。』と伝えたかっただけだ。

さっきから終始無言で、私のやっていることを見ているシェリー君に。

「少しは力を抜いて見ていたらどうかね?」

「ご心配無く。反省は後程また後程じっくりさせて貰いますが、今は教授の動きから勉強をさせて貰っているだけですので。」

かなり灸が効き過ぎたな。

普段は失敗即退学のリスク&私が居る事も有り、大規模な失態を起こし、経験させる事はあまりしなかった。しかし、今は学外、しかも相手は無法者。悔しさを経験するにはうってつけの環境だった。

後々、悪影響に成らないから構わないが、真面目に考えすぎも考え物だ。

「気負いのし過ぎは感心しない。」

「私と同じ、いえ、私以上に不利な状況に在りながら、教授は私が相手にならなかった方々を容易く、いとも簡単に打ち破ったのですよ?

もし、教授が居ない、私だけだったら………気負うなと言うのは無理です!」

やれやれ、失敗を真摯に受け止めるのは構わないが、真正面から受け止めすぎだ。

「『気負うな。』とは言っていない。『気負いし過ぎるな。』と言ったのだよ。

失敗を糧にするのは良いが、失敗に飲み込まれては元も子もない。失敗は成功の為に在るのだ。忘れてはいけない。

何より、君は大きな間違いをしている。」

「間違い…ですか?」

「勘違い。と言っても構わない。」

私がシェリー君よりも不利な状況だった。

私が容易く打ち破った相手に自分は太刀打ち出来なかった。

それは大きな勘違いだ。

「記憶喪失とは言え、私が一体どれだけの経験を経ていると思っているのかね?」

私の知識傾向、戦略の傾向、悪どさ、手口、技術………少なくとも無垢な少年少女の知っていて自然なものではない。

明らかにここにいる連中が圧倒的格下、可愛く見える程度には修羅場を作り、潜り抜けている、もっと邪悪な輩なのは記憶を辿るまでもない。

「君より私の方が何十倍もの経験をしているのは明白過ぎる程に明らか。

身の程を知ることだ。

私の容易く行う事を今の自分には出来ないと認めたまえ。

何より、たかが一年も学んでいない人間に追い抜かれては私も立つ瀬が無い。」

「ッ!………………。」

肉体を私が使っていなければ、シェリー君は今頃自分の唇を噛み千切っていただろう。

「ただし…今の・・シェリー君には。だ。

もし君が、研鑽に研鑽を重ねていけば、今の障害なぞ障害にすらならなくなる。

或いは、ひょっとすると、私にも………。」

「………………。」

「慌てるなかれ。焦るなかれ。

若人には時間がある。よく考えて、一歩ずつゆっくり進んでも私程度・・・の領域には到達出来る。

さぁ、後始末だ。

この破落戸ゴロツキを二度とここへと来させないためには………」

その時の私の表情はさぞや邪悪であっただろう。

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