かいてきなたび 9

 生物の肉体は脳からの電気信号で動いている。

 それはつまり、内部、人間の脳が出した指令で無くとも、外部、単なる電気的刺激を与えれば疑似的に生物の肉体を操ることが出来る。という事だ。

 例え相手がどんな巨大生物でも肉体の内部への干渉は避けられない。

 つまり、電気的刺激。魔法を彼女に行使させ、狙いさえ外さなければどんな巨漢だろうと猛獣だろうと数秒の足止めくらいは容易に出来る。(そして、数秒あれば相手を詰みチェックメイトに追い込むことが容易く出来る。)

 問題は、周囲が暗闇で狙いを付けられない。という事だが、それに関しては一切問題が無い。

 相手が知能ある生き物で有るならば、効率的に相手を始末しようとする。

 この場合、火の近くにいる二人より、火から遠ざかった二人を狙うのが効率的。

 そして、相手が生態系を如何こうできるレベルの生物であるならば人間二人を一度に始末する事は困難では無い。一度に二人同時に狙う。

 一人ずつ始末して、もう一人に逃げられたり、反撃をされたりしては都合が悪いからな。

 と、いう訳で、猛獣が次に誰を狙うか、襲う場所と、どういう角度で襲うかは以下の通り。

・火から離れた男二人を狙う。

・灯りからある程度離れて残り二人が迂闊に加勢に行けない場所。

・男二人を同時に攻撃できる角度。

 これら三つの条件を満たすなら相手が今何処に居るか、どう動いているかが解る。

 そうすれば、後は網にかかった時の投網の投擲から命中迄の時間を計算し、相手の体長を計算し、そこから相手の肉体の狙うべき場所を求め、そこに向けて電撃を放てば相手が見えずとも的確に命中させることが出来る。


 予知能力?魔法?奇跡?


 バカな事を言わないでくれ。

 これは純然たる『計算』。

 計算をすることが出来、データが有り、途中式にミスが無く、冷静に、的確に対処出来れば誰にでも出来る、誰もが出来る簡単な事だ。

 「教授、有り難う御座います。」

 「お礼は後だ。仕留め切れていない。次は如何する?」

 相手の体長と知能の高さからして、このままではこちらの死刑執行が数秒伸びただけで終わってしまう。

 ここから更に、数秒の内に、一手二手を的確に打つことで初めてお礼を言って貰うとしよう。

 「さぁ、シェリー君、君は次にどう動くかね?」

 彼女は一考し、言った。

 「私は………殺したくは有りません。

 夜に乗じて狩りをするのは獣の常。そして、獣の掟は弱肉強食。

 しかし、私達は今の所狩られている訳でも無く、食べられる訳も無く、逆に、食べる事をする気も有りません。」

博愛主義。

 私はそういった主義は持ち合わせていない。が、シェリー君のその主義は嫌いではない。

 「良かろう。存分にやると良い。

 が、両者の命が失われずに終止符を打つことは殺すより余程困難だとは知っているね?」

 生命とは繊細な硝子細工の如く脆い。

 人を殺すとき、注意すべきは、『己の命を失わない事』その一点。

 しかし、両者共に生かすとき、注意すべきは『相手の命を失わない事』更に、『己の命を失わない事』の二点。

 単純計算しても難易度は2倍。

 しかし、自分が相手を殺さない様に動いている間、相手は自分を殺そうと邪魔をして来る。

 難易度は2倍等という半端な数字にはならない。

 止めに、最初に言った通り、『生命とは繊細な硝子細工の如く脆い。』

 要は、元々の難易度が高い。その上で難易度を何倍にも跳ね上げるという事は………そう言う事だ。

 「重々承知しております。

 ですが、私の叶えようとしている事は、それよりもずっと、難しい事です。

 この程度で躓き、逃げてしまう様であれば、私は決して叶えようとしている事を叶えられません。」

 「…………素晴らしい。素晴らしいシェリー君。その覚悟、大いに評価しよう。

 しかし、覚悟だけでどうにかなる程世界は甘くない。さぁ!君の手で、君の理想を現実としたまえ!」

 シェリー君は素晴らしい。

 何より素晴らしいのは、『夢』では無く、『叶えようとしている事』と彼女が言っていた事だ。

 彼女にとって、それは夢などと言う幻や遥か彼方、霞の向うにある理想郷や桃源郷でなく、手を伸ばして掴み取る未来だという事だ。

 素晴らしい、素晴らしい!

 さぁ、やってみたまえシェリー君!

 君の意志が勝つか、はたまた猛獣せかいが勝つか。




 勝負だ。

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