モリアーティー拳闘術

『モリアーティー拳闘術』


この程度の剣であればこれだけで十分だ。








迫り来る剣の側面を手で払い、軌道を逸らす。


剣の殺傷力は高い。


が、実際に殺傷力があるのは剣の刃部分のみ。


側面は触った所で一切の損傷は無い。


この程度の剣速であれば、例え背後から襲い掛かって来たとしても、頭に到着する前に軌道を逸らす位楽勝だ。


「エェェエエェェェイ!」


乱雑極まりない剣を逸らし続ける。




上から下!




軌道を逸らして地面を斬らせる。




地面を斬った後、乱暴に斬り上げる!




指先で弾いて廊下の壁を斬らせる。




横薙ぎ!




ウーン、若い肉体は素晴らしい。立ちながらにして上体を反らしてブリッジが出来る!








当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。


当らない。




何十回、何種類もの剣がモリアーティーを狙うが、指先や手で反らされるだけで有効無効以前に一撃も当たらない。




「教授…………それはどうやっているのですか?」


不思議そうにシェリー君が訊いてくる。


「何度も言っているだろう?ただの観察だ。


剣なんて曲がりもしない鉄の板だ。


右から左に振れば右から左に動く。上から下に振り下ろせば上から下に動く。


人間の身体もそうだ。




攻撃だけでなく、大概の事柄には原因が存在して、原因と因果関係を持った結果がその後に来る。


ならば君はどうすれば良いか?簡単だ。原因を予測して細工をして結果に干渉する。それだけだ。


それこそが『モリアーティー拳闘術』。そして、あらゆる戦いにおける鉄則だ。」


「………要約して頂けますか?」


「剣なんて振る前に絶対手足を動かす。


しかも、自分に当たるまでに軌道を描く。


それらの動きを予想して指で弾けば回避も目的の動きをさせるのも簡単だ。」


「…………それは……『言うのは簡単でも実際には出来ない、事実上の奇跡の所業』では?」


「君にもやって貰おう。これくらいなら出来る。」


闇雲に剣を振り回す脳筋を相手に会話をしながら躱し続ける。






全く、改めて呆れたものだ。


あまつさえ教える人間だとか、聖職と言われるような職業に携わる人間が、事も有ろうに生徒に剣を向けて、殺意剥き出しで襲い掛かっている。






人にモノを教える事には覚悟が要る。


教える場合、大概相手は教える事柄において無知である。


つまり、教えたことが間違いだった場合、教えられた相手は間違いを真実と思い込んだまま覚える。






人の机に花を活けて、遺影を置いて、それで人の尊厳を踏みにじる行為を良しとして、周りの人間がそれを悪と、悪趣味と思わずに成長する。






これがどれだけ恐ろしいことが解るかね?










人を殺す上でこれは非常に有効手段だが、そんな気も無しにやるとは悪趣味極まりない。


悪を為そうという気も無い癖にふざけた事を。














さて…………暴力や鉄剣で襲い掛かろうとするとんでもない極悪教師否、外道を野放しにするのは『教授』と呼ばれる人間にとって看過できない。










私は刃を向けない。








が、










目の前の脳筋は全力で叩き潰そう。










当る気配の無い剣を躱しながら嗤った。




















教え授ける者として、この女には矢張り、徹底的に、屈辱と痛みを与えよう。




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