教授の講義


「なにも……あそこ迄する必要は無かったのでは?

職員棟に逃げられれば良かったのでは?」

「いや、あのままでは君は挟み撃ちにされて詰んでいた。」

「?

どういう事ですか?」

「おかしいと思わなかったかね?第二の刺客、剣嬢は私を本気で追ってきていなかった。

私が教員棟に逃げたら洒落にならないというのに。

自分の行為がバレる可能性が有ったのに。何故本気で追わなかったのかね?」

「それは……………」

「正解は、『彼女は追い立て役だったから。』・『教員棟に逃げ込まれることがリスクでは無かったから。』だ。」

あの状況で積極的に距離を詰めずに居たのはシェリー君の走力も有っただろうが、それにしても不自然だった。


黒幕が居て、

その黒幕は私の居場所をナクッテ・剣嬢に教え、

鉄剣を持たせ、

わざわざ襲わせ、

職員棟に向かう事がリスクでは無い人間。







その相手が誰か解れば、思い通りには行かないようにする。





「では、他の誰かが居て、今まさに逃げていると。」

シェリー君が的外れな回答をする。




「いや、今まさに向かっている。」

廊下を歩きながらそう言った。

「え⁉⁉⁉」

「この場で一度徹底的にやらねばなるまい。

ここで逃げたら後々二人の令嬢が被害者面して何を言うか解ったものでは無い。

さぁ、シェリー君、少し変わりたまえ。ここからは私が出る。

よく見ておきたまえ。

理不尽だろうが不条理だろうが権力だろうが暴力だろうが………明晰な頭脳の前ではそれら全てが無力な幻想だと教えてあげよう。」




フッ




憑依した教授。

その顔には麗しき乙女は欠片程の存在も無く、




邪悪のすいがただ一つ。




在った。








「さぁ、今から講義を始めよう。」














暗い校舎の一画に、彼女は居た。





遅い。

ガキ一人を二人掛かりで闇討ちするのに何時までかかっているんだ?

折角、処罰の代わりに仕返しをさせてやる温情を与えたのに。

剣を与え、あのいけ好かないフィアレディーが口を割らないから他の教師や生徒から聞き出してまであのガキの居場所迄教えてやったのに。

あのガキ共も使えない。

下民は卑しく、貴族はバカばかり。

イライラする。

あのガキの所為で私の身体中がガタガタだ。

私の正当な躾を拒絶し、剣を向け、小賢しく卑怯な手を使い、あろうことか私に怪我をさせた。

あのガキが何故無傷なんだ?

頭を割られていていい筈なのに。泣きわめく筈なのに。

あのガキが死ぬのは構わない。

しかし、

この美しい身体から血が流れるなどあっては成らない。

あのガキの命よりも私の身体だ。

あぁ、イライラする。

本来なら昼間の罰則として呼び出して鞭で罰してやろうと思っていたのに。

生爪の二・三枚、顔の二・三ヵ所傷付けるなり、焼くなりして、無様で醜い顔を更に醜くして、もう二度と外に出られない様にしてやろうと思っていたのに。


「あなたはミス=ナークとミス=エスパダの処罰を。

ミス=シェリーの罰則は私がやっておきます。」


邪魔しやがって。

イライラする。



いっそ向かうか?

いや、それはリスキーだ。

成功したなら待てばいい。

もし、あのガキ共がしくじったならそれはそれでここに居れば絶対にあのガキは来る。


教員棟に続く廊下と階段の両方を抑えたこの場所ならば絶対に来る。


来なかったら来なかったで私の手は汚れずにあのガキが痛めつけられた姿を見て腹の中で嗤える。

来たら来たで私自らあのガキを潰せる。



さぁ、来い。






「こんばんは、ミス=パウワン。

こんな時間に鉄剣なんて持って、見廻りですか?」




ビクッ




身体が強張る。

油断はしていない。

階段と廊下に隠れる場所は無い。

床は木製で、歩けば足音がする。

なのに、何時の間に?







一階と二階の間。

そこにあのガキ。今日、私を最大級に不快にさせたガキがいつの間にか居た。

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