漂う香りと奪われる意識
私は負ける訳にはいかない。
私は騎士。
私は子どもの頃から剣を磨いて来た。
同年代で私に勝てる者は居なかった。
もう今では私に勝てる者は男でもそうは居ない。
なのに、目の前のこの女は勝った。
卑怯な手を使って!
許さない!
私は負けないんだ。
負けてはいけない。
あんな卑怯な手を使われなかったら私が確実に、絶対に勝っていた。
汚い
非道
醜い
そこまでしてこの私に勝ったという事実が欲しいか?
卑しい下民が。
この私の顔に泥をかけるなど許されない。
この女には絶対ここで徹底的に教えてやる。
私とこの女の違いを。
才能も、美貌も、勉学も、血筋も、気高さもそして剣術も!
全て私の方が絶対的に上!
そんな事を考えつつ目の前の女を追っていると、速度を上げ始めた。
逃げようというのか?
この卑怯者が!
『鉄剣を振り回して丸腰の人間を追い回している人間が卑怯とは何事だ?』
教授ならそう言うであろう思いを心の底に抱きつつ、ミス=エスパダは全力疾走する。
足が滑りそうになりながらトップスピードに加速させる。
そう思った矢先、急に直角に曲がり、階段を昇り始めた。
上に逃げる気?
てっきり教員棟に逃げると思っていたのに。
あらかじめ
ミス=ナークが倉庫から追い立ててあわよくば撃破。
それが出来なかったら二人で囲んで袋叩き。
それも失敗した場合、
私があの人の居る所へ追い立ててそこを二人で叩く筈だった。
一体何で上階へ?
そう思って階段を昇ると、ふわりとハーブが香った。
何?
一瞬、思考がそちらに向かった。
向いてしまった。
ガッ
階段を踏みしめた足が滑った。
え?
身体が後ろに引っ張られる。
ガタタタタタタタタタタタ!
最後に見たのは暗い階段の上に居たあの女だった。
意識が遠のき、その憎たらしい顔が遠のき、視界が暗くなっていき
私は眠ってしまった。
私が何をしたか?
決まっている。階段を昇り、足元にコッソリ香水を垂らした。
たったそれだけだ。
足元が濡れていると滑って危ないからね。
今の時間帯のように足元が暗がりだったりすると、濡れていることにさえ気付かず、なお危ない。
足の速くなった相手を追いかけている時などは集中力がそちらに向いてしまい、尚の事危ない。
全く、こんな条件を三つ揃えたらまず間違いなく転倒して階段から転落するだろう。
そんな状況、そう簡単には揃わないがね。
そんな状況、故意には起こせない。
偶々香水を階段で落とし、
その時間が夜で、
誰かに気付かれて拭かれる前に大急ぎで走る人間が通ってしまい、偶然転んだ。
この状況は如何考えた所で事件では無い。
不慮の事故だ。
「教授?あの……大丈夫でしょうか?」
「あぁ、問題無い。」
ちゃんと落下距離を計算し、死なない程度の高さで転ぶように香水を撒くように指示した。
《少し前の回想》
「え?あれはミス=エスパダなのですか⁉」
「それは後で説明しよう。で、先ずは加速する。それから階段を昇って香水をこっそり用意して、その香水を気付かれない様に開封してばら撒いておくんだ。」
「…………………解りました。やってみます……。」
《回想終了》
鉄剣相手に真面目に素手で相手をするのは間違いだ。
今有る物、出来る事、環境。その全てを自身の味方になる様に利用、調整して鉄剣を凌駕する。
それこそが最も賢い、真っ当な、正々堂々たるやり方だ。
「では、次がおそらく最後だ。向かうとしよう。」
「解りました教授。
はい?」
シェリー君が少し素っ頓狂な声を出した。
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