第75話 流刑地はシベリア

 あーあ、拓也のやつ、僕が谷底に突き落としてコンクリートで埋めただけで勘弁してやったのに、出てきちゃって。

 大人しくしてないから、自分で樽に入ってシベリアに流れて行っちゃうはめになるんだよ。


 従弟の加藤拓也が、お裾分けの桃をもって我が家を訪ねてきた。

 たまたま対応に出たのはランチに招かれていた友香。


「加藤君じゃないの。」


「何で友香先輩がここに……。」


「友香ちゃん、宅配何だった……。あら、拓也君なの。久しぶりね。」


「こんにちは、おばさん。母さんが桃を届けろって……。」


 拓也は、にこにこしているエプロンとバンダナ姿の友香にたじろいでいる。

 わかるよ、拓也の気持ち。


「ありがとう。美味しそうな桃ね。ねえ拓也君、もうすぐ昼ご飯だから一緒に食べていきなさいよ。友香ちゃんが来るからメニュー気合入れてたのよ。」


「えっでも……。」


「涼子(拓也母で啓母の妹)には桃のお礼がてら、うちで昼ごはん食べるって電話しとくわ。」


 拓也はうちにはよく来ていて、慣れているはずなのにリビングのソファで固まっている。

 友香が母さんと一緒に台所にいて自然に冷蔵庫を開けたり、調味料を棚から取り出したり、食器を出すのを頼まれてまごつかずに取り出したりしているのを見て、拓也は目が点になっている。

 わかるよ、拓也の気持ち。


「出来たわよ、食卓に来て~。」


 友香のマイ箸が箸立てにあるのを、父さんが友香に渡す。


「ありがとうございます、おじさま。」


 拓也は息をのむ。驚くよね。

 わかるよ、拓也の気持ち。


「はぁ~おばさまのごはんって、とっても元気が出ます!このタイの刺身のゴマダレにまぶしたの、とっても美味しいです!」


「タイは前もって予約して、今日の午前中に取りに行ったのよ。よくわかってくれているのね。」


「加藤君、お茶のおかわりいる?」


「く、下さい。」


 友香は拓也にお茶のお代わりを注いで、何も言わずに当然のように僕の湯飲みにお茶を足してくれる。

 拓也は泣きそうな顔だ。

 わかるよ、拓也の気持ち。



 食後はいつものようにリビングでクイズ番組を見る。


のみ(大工道具の一種)だな。」


「えっ、のみって読むんですか?わあすごい、正解ですね。私、初めてあの漢字見ました。」


 友香とクイズ番組を見る父さんは褒められてご満悦だ。

 拓也は友香が父さんのお気に入りなのにも驚いている。

 わかる、本当によくわかるよ、拓也。

 友香は僕だけのものじゃないんだよ、金城家のものなんだ……。

 僕もようやく慣れたけど、何なんだろうって思ってたから。


 友香は父さんとオセロまで始める。

 僕が小6のとき、将棋を一緒にやっていて、僕に負けたとたん父さんが将棋盤をひっくり返してからこういうことしたことないのに……。


「私、オセロって角やふちを取ることばかり考えていました。」


「うん、そうだがね。」


 父さんと友香はいい勝負だ。毎回あと少しで友香が負けてしまう。

 僕がアドバイしようとすると、ピシャリといわれる。


「あきらは黙ってて!」


「友香さんの言う通りだ。こういうのは自分でやらないと。」


 あなたたち、どういう御関係ですか?と聞きたくなる。

 拓也、僕の気持ち、わかるだろ?


「あきら、Gホイホイ始末しておくから、新しいのセットしておきなね。」


「……なんであきら兄ちゃん家のGホイホイの面倒まで……。」


 拓也はシベリアでブリザードにやられてしまい、再起不能になって帰って行った。だから谷底で大人しくしていればよかったのに……。


「ねえ、加藤君、なんか元気なかったわね。明日の電車で聞いてみようかな。」


 可愛そうな拓也、でも僕だって人のことどころじゃないから……。

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