第76話 自分ルール

「私、大学受験が終わるまで、あきらとのラインは封印するわ。」


「えっ、何で?」


「返事来ないとか気になったり、勉強の途中で邪魔したら悪いから。どうしても用事がある時は、あきらの夕食後のレース編みタイムを狙って電話するから。それからコレ。」


「何このはがきや便箋と封筒は?こんなにたくさんどうするのさ。」


「だいぶ早いクリスマスプレゼントよ。ラインしない代わりに手紙のやり取りしようよ。」


「ラインよりよっぽど時間取りそうじゃないか。面倒くさそ…」


「はい~お願いききます券!」


 誕生日に渡したお願いききます券、まだ持ってたのか。

 壁ドンとかお姫様抱っことか言ってたのに、まったく、流鏑馬装束で写真とか、手紙とか、僕が全然嬉しくないことばっかりお願いしてきて。

 ある意味正しい使い方だけど。


 多分、マンガを封印したり、ラインを封印したら合格するとか受験生にありがちな自分ルールに陥っているのかもしれない。

 受験が終われば収まるだろう。

 一週間に一通まで、ハガキでも可と約束してもらう。

 そんなに深く考えずに了解したが、次の週からとんでもないことになっていった。


 友香からは、初めは週一で二枚くらいの便箋が入った封筒が送られてきた。

 内容は、女友達のことや、勉強がしんどいとか、チョットだけ僕がうれしくなるようなことが書かれていた。

 それがだんだん枚数が増えて、最終的に週一で六枚の便箋が入った分厚い封筒が送られてくるようになった。毎日便せん一枚くらい書いてるってことか。

 何時代だよ……。ラインにしろよ!小論文か!もう返事が付き合えないよ!

 電話する用事があったので、どうして六枚も送ってくるのかも聞いてみる。


「便箋七枚だと84円切手は料金不足で戻ってきちゃったの。10円切手、足せばいいみたいだけどさ。だから六枚にしたの。」

 

 マジか!でもそういう意味で聞いたんじゃないよ!


「べつにあきらは何枚でもいいよ。枚数で愛情をはかってないし。私、ただのおしゃべりのつもりで書いてるし。」


 絶対はかってるだろう。

 だけど、ただのおしゃべりに、そうそう付き合ってはいられないのも事実。

 ここは一つ知恵を絞らないと……。



 恋文ときたら、平安時代には男女で和歌を送り合ってたことは古文の授業でやった。

 短くてうってつけだが、理系の僕には自分で詠むことはできない。

 百人一首から見繕って筆ペンで一首書き、便箋を縦長に折って、一回結んだ。


『瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に 逢わんとぞ思う』

(受験で今はなかなか会えませんが、お互い合格したらまた会えるようになりますね。)


 翌日学校で、優斗に文遣いを頼んで友香に届けてもらう。

 これが友香のツボに大はまりしたようで、優斗は文遣いの召使役をやらされるようになった。

 申し訳ないが、週一で和歌一首で勘弁してもらえるようになって、ホッとした。

 はーやれやれ。


「すまん、優斗。今度なにかお礼するから。」


「こっちこそ姉ちゃんがすみません、迷惑かけて。あの……、言いにくいんですけど、なんか先輩自身が詠んだ歌が欲しいとか言い出してます。」


「……無理だよ。」


「ですよね。」


「そのうち頑張るから、しばらく考えさせてって伝えて……。」


 夕食後のいこいのレース編みは、テレビの俳句入門の録画チェックへと変わった。

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