第71話 文化祭――相手役は青木

「練習通りにやれば最優秀賞は我がクラスのものよ。みんな、頑張りましょう!」


「ハイ!」×39名



「金城君、メイクするわよ。」


「……お願いします、河合さん。」


 自分でできるわけないのでお任せするしかないが、あんまり濃いメイクにされたらどうしよう…。

 不安でいっぱいの僕の首に化粧ケープがまかれ、髪をピンでとめられる。

 ドーランというのをグイグイと肌に塗りこんでいく。


「あんまり濃いのは嫌なんだけど。」


「ここで濃く見えても客席からだとちょうどいいのよ。それにしっかりメイクした方が、元が誰だかわからなくなるからいいわよ。」



 元が誰だかわからなくなるって、どういうことなのか……。

 目はわかるけど鼻筋にも線を引かれているようだ。

 どうなっているのだろう。


「メガネなしで出来る?」


 河合さん、当日までいろいろと考えてるんだ。

 メガネない方が元が僕だとわからなくなって好都合か。


「舞台の上で少し動くぐらいなら大丈夫だけど。」


 ウイッグを装備して鏡を見たら結構美人だけど明らかに化粧濃すぎの、謎の女子高生が出来上がっていた。ちょっと怖い。有難いことにまるで別人だ。


「ちょっと病弱な感じにしたから。」


 僕の仕上がりを見て青木は大喜びしている。


「ハハッ、これに比べたらオレの襟足カットなんてノープロブレムさ。美人だなあ金城。」


 青木だって後ろから見たらイケメン俳優のような髪型になっている。

 矢橋さんちの美容室っておばさん御用達の店のはずなのに。

 これなら僕も行こうかなあ。

 やつの後姿は過去最高の出来上がりだ。


 ◇◇◇◇

「金城さん、本当に余命一年なの?」


「本当よ、青木くん。今度新しい薬を試すんだけど、それが効かなかったらもう

 お終いなの……。」


「大丈夫、必ず治るよ。」

 

 口をパクパクさせて青木と見つめ合っているだけで劇は上手いこと進んでいく。

 青木、後姿美男子で客席に顔を見せないからって僕に面白顔してくるなよ。

 笑うのを我慢して顔をしかめる。


「もうダメ、私生きていけない、終わりよ!」


 ここで青木に抱きつくんだった。

 よし、指に力を入れて、服にしわが寄るくらいだったな……。

 客席からのキャーッという声に心当たりがあって、そちらを見る。

 え……。

 最前列の卓球部の連中に混じって友香が食い入るように舞台を見つめ、僕と目が合う。

 マジ?何でいるの?優斗か!あっ、スマホを向けるなよ。

 えっ、父さんと母さんまでいるじゃないか。今朝は何も言ってなかったのに。


 僕は絶望的な表情のまま、体のバランスを崩し青木に縋りつく。

 客席の嬌声が大きくなり、青木は踏ん張れずに僕に押し倒されてしまう。

 ラッキーキス(少女漫画などでよくある出会い頭にぶつかってキスしちゃうやつ)は免れたが、頭が真っ白になって固まる。

 青木もパニックになっているのか動けない。


 照明係がアドリブで暗転にしてくれて、河合さんたちが助けに来てくれた。


「ごめん、河合さん。つまずいちゃって。」


「いいえ、金城君よかったわよ。あの絶望的な表情といい、心の動揺が現れて転んじゃうところとか。脚本をよくわかってくれているのね。うれしいわ、その調子でラストまでやってね。あ、青木君、たとえ何があっても顔を客席に見せないでね。」


「……。」



 ラストは新薬が効いて病気が治り、これからも末永く幸せに……で、青木と抱き合って喜ぶシーンだ。


 青木、悪いが僕だけが部活仲間や彼女や、両親のさらし者になるつもりはない。

 お前も道連れにしてやる。

 それに顔を客席に見せないように言われたくらいで、ふてくされすぎなんだよ。

 僕なんて見せたくない女装顔をさらしてるんだぞ。

 そんなに正面を向きたいのなら……。

 僕は青木にがっちりと抱きついた後、力業で体の位置を入れ替える。

 やつはびっくりしているだろうが、そんなことにかまっていられない。

 青木の正面が客席に初めて向いたが、河合さんが怖いので、顔は僕の顔と重ねて見えないようにした。

 台本にはなかったが、僕は両手でやつの頬をはさみまるでキスするかのように

首を傾けて顔を近づけ、唇すれすれで寸止めしてやった。

 驚く青木の顔がいい気味だ。

 僕はロングヘアのウイッグと、メガネなし、演劇部メイクの女装で別人仕様になっているがお前はそのままの姿で明日から高校生活を送るがいい。ククク…。


 劇は大成功で幕を下ろした。河合さんと矢橋さんは大喜びだった。



「あきらー!お願いききます券、使うわー!青木君と一緒のとこ、写真撮らせてー!」

「先輩、僕たちと写真を!」

「接待試合にあの動画、小森さんに見せてもいいですか!」

「あきらって人気者なのね。うれしいわ。」

「おいおい、母さん、泣かなくても……。」


 金城啓の名誉にかけて、彼女や後輩のお願いを聞くわけにはいかない――。

 お願いききます券を握って他校の廊下を激走する友香や部活仲間をかわして、僕は加速装置を起動させたサイボーグのように素早くメイクを落として着替えた。


 お宝写真、ゲットならず――。

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