第70話 文化祭――ヒロイン金城

「もうダメ、私生きていけない。終わりよ!」


「諦めちゃ駄目だよ!」


「だって……もう時間がないわ。無理よ。私死ぬのよ!」



「はい、カット――金城君、よかったわよ。後、もう少し青木君にきつく抱きついてくれるかしら。指先にぎゅっと力を入れて服にしわが寄るようにして。」


「……はい。」


「青木君、顔が半分見えているときがあるわ。絶対に見えないようにもっと気を付けて。」


「すみません。」



 僕のクラスは文化祭で劇をやることになった。

 演出は元演劇部部長の河合さん。

 去年も後姿美男子、青木を使って最優秀賞をゲットしていたっけ。

 演出助手と舞台監督は元放送委員長の矢橋さん。

 彼女は去年、河合さんと競り合ってクラスに優良賞をもたらしていて、この二人が組んだ今年は怖いものなしとの前評判だ。


 今年は三年生なので、河合さんは各自の負担を平等に極力減らしてくれた。

 まず演じる人と、裏で台本を見ながらセリフを音読する人チームに分けた。

 セリフを覚える必要がないので大助かりだ。

 ただ不安な要素は理系クラスで女子が少なく、ヒロインはじゃんけんで負けた

僕が演じる。

 というか、青木に抱きつくシーンが二回あって女子がいやがった。

 河合さんも、いくらなんでも観客の前で演劇部員でもない女子にはハードルが高いと判断したためらしい。そのとおりだよな。


 ストーリーは難病にかかったクラスメイトの女子の秘密を知ってしまい、彼女を励ます男子の友情物語。

 衣装は制服なので用意する必要はない。

 僕用のロングヘアのウイッグだけ河合さんが演劇部から借りてきてくれた。

 登場人物の名前は河合さんの脚本執筆時間短縮のため、本名がそのまま使われていて、かえってわかりやすい。



「ねぇ青木君、後姿がもう少しスッキリ見えるように襟足のあたりを刈り上げてきてくれない?他は許すから。」


「はい。」


「青木、お前いいのか……。」


「金城、言っとくけど、河合さんに逆らっても無駄だ。去年で懲りた。」


「矢橋さん、頼める?」


「オッケー予約取れた。青木君、今日帰りにうちの美容院でカットしていって。

タダにしてあげるわ。」


「えっ、いいの?ありがとう。」


「そのかわり私の指定する髪型にしてもらうわよ。任せてもらっていいわね、河合さん。」


「もちろんよ。あ、前髪は切っちゃだめよ。少しでも顔を隠したいから。青木君、去年も言ったけど、今回もヒロインの相手役の顔はいらないのよ。見えないほうが劇の効果が高くなるから。別に青木君の顔が見えたら台無しってことじゃないから。」


「………。」



 劇のストーリーを頭に入れて、台本音読組と合わせて数回練習したら終わりだ。

 さすが河合さん、素人に無茶な演技のレベルを要求しないところが元演劇部部長だ。

 元放送委員長の矢橋さんは台本音読組に丁寧にアドバイスをしている。

 残りは照明や効果音係でクラス全員がそんなに負担なく準備することができた。

 最初は僕にヒロインが出来るのか不安だったが、河合さんの指示通りに舞台上であちこちうろうろすればいいだけで結構楽勝だ。



「じゃあ、明後日リハーサルやって、後は本番ね。」


「お疲れ~。」


「ああ、金城君、これあげるから、やっといて。」


 帰り際に河合さんから何かのチューブを渡される。


「何これ。」


「日本語で書いてあるのに読めないの?脱毛クリームに決まってるでしょ。腕と膝から上はいいから、脛のあたりやっといて。使う時、説明書きよく読んでね。」


「…………。」


「金城、逆らっても無駄だよ。矢橋さん、カットに行こうか。」

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