第66話 地獄の接待試合

「優斗、もっとバック狙っていけよ!もう疲れてんのか!」


「わかってるよ、翔太!」


 優斗はスタミナが足りない。

 カットマンはラリーが続いてどうしても試合時間が長くなるのに、スタミナ切れが早い。

 ボクはどちらかというと控えめな性格のはずだったのに、優斗と親しくなってからは日々ガサツさが増してきている気がする。

 試合中はドンマイ、とか、ナイス、くらいしか声掛けをしていなかったのに、言いたいことはガンガン言えるようになってきた。


 今日はМ校との練習試合に招待されている。

 初心者以外全員参加できて、みんな張り切っている。

 しかし、練習試合とはいうものの前田新部長の指示により、試合後は相手を褒めちぎる、接待ゴルフのようなことになっている。

 コテンパン前提だが練習試合一試合で普段の練習の何日分にもなるので、大変ありがたいし、М校との練習試合なんて普通では受けてもらえないくらい貴重だ。


「ありがとうございました、もうパワーがすごくて手が出ません。」


「うんうんそれで、もっと言って。」


 相手の大林君と中川君は、期待に満ち溢れた顔で聞いてくる。

 優斗を見ると口もきけないくらいにへたばっている。


「すみません、そいつやられ過ぎて口がきけなくなっているので、ボクが……。」


「いやあ、そんなに…フフフ、ごめん、本気出せって言われてるから。」


 そんなにうれしそうに言われると……。


「ダブルスのフットワークが素晴らしすぎます!あと打球がホントに速くて、反応してるつもりでも間に合わなくて…(はぁ、どれだけ褒めちぎればいいのか)あの、

 逆にボク達にアドバイスはありませんか?」


「アドバイス…、うん、君達相性は良さそうで上手く連携してるよね。彼がもう少しスタミナあった方がいいよ。あとさ、……。」


 大林君、目茶苦茶アドバイスしてくるな。しまった、この人教えたがりか。

 大変ありがたいアドバイスだが、座らせてほしい。

 優斗は『水分取らせてください。』と、ヨロヨロ水分補給に行く。



「優斗、翔太はどんだけ褒めちぎってるんだ。あいつやるなあ。」


「前田先輩、違います。大林君は教えたがりで、延々とアドバイスしてくれるんです。」


「何だって!よし、いい情報を手に入れたぞ。全員に伝えて、出来るだけ大林君からナイスアドバイスをもらうんだ!」



 オレと優斗が審判をして休憩していると、近藤さんと小森さんが優斗のところに来る。

 恐れ多い二人組だ。大学は卓球の推薦で入るのでまだ引退はしないらしい。


「実は一色君のお姉さんに、ちょっと借りがあるんだ。ダブルスで返させてくれないか。」


 オーラがあって、ちょっと話しかけづらい近藤さんからこんな申し出を受けるなんて!

 魔法が掛かっていないのにダンスを申し込まれたシンデレラの気分だ。


「姉ちゃんが……一体なぜ……。」


 優斗は呆然としている。


「是非お願いします!大変光栄です。おい優斗、こんなチャンスめったにないぞしっかりしろよ!」


「試合前からこの言葉……。ああ、楽しみだなあ。さっさと片付けて褒めてもらわなくちゃ。ねぇ近ちゃん。」


 近藤さんと小森さんのコンビネーションは美しくさえあった。

 なんて息があっているんだろう。

 お互いどう打てば決まるのか、こっちがどうきて次に相方がどう決めるとか

 考えなくても自然にわかっているようだった。

 一打一打が綿密に打たれている。

 コテンパンにやられたが、得るものは大きかった。

 優斗は樽につめられ、シベリアあたりまで流されて行ってしまった。

 はぁ、回収に行ってやらないといつまでも帰ってこないだろうな。

 あいつがシベリアに定住する前に回収したいけど、まだ褒めちぎる仕事が残っている。


「ありがとうございました。金城先輩から聞いていた以上にすごいです。」


「うんうん、それで?」


「ちょっと待って下さい。」


 ボクはポケットから金城先輩作のハンカチを出して汗を拭く。

 普通はスポーツタオルが一般的だが、今日は大切な練習試合だからタオルとは

 別にポケットに忍ばせておいたのだ。

 小森さんがハンカチに目を止める。


「ねえ、K校ってそのハンカチ持ってる人、多いよね。何なのそれ?」


「金城先輩が縁をかがって作ってくれたんです。」


「えっ、啓君が!ちょっと見せてよ……。コレ欲しいな。ねえ、そのハンカチ賭けて君とボクのシングルスの試合、しない?」


 それって勝つ前提の提案ですよね。

 こっちが勝ったらどうしてくれるんだって言えないところが辛い。

 でも小森さんと試合してもらえるチャンスもデカい……。


「これとっても大切なのでちょっと待ってください。おい勇一、最新作のハンカチ、持ってたよな。」


「あるよ。これだけど。」


 勇一が最新作のレース多めのハンカチをカバンから取り出す。

 小森さんはちらりと見ると即答した。


「………それは要らない。啓君のがいいな。」


 勇一、そんなに悔しそうな顔するなよ。



 小森さんはボク相手にそこまでしなくてもというくらい真剣に相手してくれた。

 真剣過ぎてあっという間にやられてしまった。

 ただハンカチが早く欲しかっただけ……とは思いたくないけど。

 もうボクも、優斗と一緒にシベリアで暮らすのがいいかもしれない……。

 ボクのハンカチはもちろん小森さんに巻き上げられた。


「翔太、オレの作ったハンカチでよければあげるけど。」


「ありがとう、勇一。貰っとこうかな……ガーゼ部分が前より多いし。」


「翔太ごめん。オレ、もう少し体力つけるよ。」


 優斗、もっと早く気づけよ。

 勇一、そんなにうれしそうな顔するなよ。試合、コテンパンだったろ。

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