第63話 花火大会 さようなら、片平さん
「いや、ヒロ君のこと気を付けてたら、今年は妹の由佳ちゃんがいなくなってたらしくて。スマン。毎年毎年。」
「もう、自分の子はちゃんと見てて下さいよ。水川夫妻。」
「私たちの子じゃないわよ。本物の両親は探しに行ってるのよ。守、連絡して。」
「おう。」
ヒロ君が一年で大きくなっていることに驚く。
「ヒロ君、大きくなったね。」
あきらは去年、迷子になったヒロ君を抱っこしてなぐさめていたっけ。
由佳ちゃんを本物の両親に渡してやっとホッとした。
「それよりあなたたち、浴衣がぐずぐずに着崩れてるわよ。」
「迷子二人をおんぶと肩車で連れてきたので。」
「そこの浴衣の着付けお直しコーナーで直してあげるわよ。混んでるか見てくるからちょっと待ってて。」
桃華先輩がいなくなったちょうどその時、完璧なフルメイクと可憐な浴衣姿の片平さんが登場する。
片平さんの浴衣は紺地にろうけつ染めの花がとても美しい柄だ。
彼女は目ざとく私を見つけると、喜びに輝いた、多分カラーコンタクトで美しさをアップしている瞳に勝利を確信して足早に近寄ってきた。
「あら、一色さんじゃない。素敵な浴衣姿ね。弓道部の方はそういう着付けの仕方をするのかしら。私は帯が少しきつくて直しただけよ。」
(こんな汗まみれで着崩れたあなたと完璧な私、比べられると思っているのかしら、ク―ッいい気味、鼻で笑っちゃうわ。)
……確かに今の私はデロンデロンに着崩れている。
だがしかし全国の真に美しく、善き弓道をやっている人に対して何たる無礼な!
……今日は何だかイライラしていた。
それに私は片平さんにはずっとイライラして、決着をつけたいと思っていた。
いいだろう。今日ここでお終いにしてやるわ!
今まで谷底に突き落としたら底にまだいて、復活してくるのが駄目だったのよ。
樽に詰めて海流の速いところに放り込んでやる。
シベリアにでも流れ着いて、そこで幸せになって、片平さん。
私は首筋の絆創膏をはがし、ダニにかまれて赤くなったあとがバッチリ見えるようにした。
さらに、手を後ろに回して歪んだ帯をもっとひん曲げた。
着崩れているけど、かえってそれが最強装備になることだってあるのよ!
男子が百人いたら、九十九人は私より片平さんを選ぶだろう。
私が男子でもそうする。でも、あきらは違う。
私は男子の百分の一、あきらを呼ぶ。
「あきらー、ちょっとこっちに来て。」
「友香、呼んだ?あ、片平さん……。」
あきらは着付けを直してもらうのを待っていて、肩車やおんぶではだけた浴衣姿で登場する。ナイスよ!
「何も言わなくても分かるでしょ。私達、こういう関係なのよ。」
私は頭を逸らして首筋を見せる。
この場面で、ダニにかまれた跡を見せてくると思う人はいまい。
さあ、勘違いして、片平さん。
あきらは『ハテナ?』という顔をしていたが、私に合わせるのが正解と学習しているので、
「そう、こういう関係なんだ。」
と、私の肩に手をまわして引き寄せてくれた。
これでいいかな、という顔で私を見るが、傍目には恋人同士が見つめ合っているように見えるだろう。
乱れた浴衣に、首筋のキスマーク(ダニにキスされたんだけど)、寄り添って見つめ合う二人、ここに割り込んでこられるかしら?
「!!……。」
片平さんはまるで悲劇のヒロインが、悪役の意地悪女にいじめられて泣きながら退場するように美しく走り去った。BGMはショパンの幻想即興曲で。
さようなら、片平さん、フォーエバー&ゴートゥーシベリア、ノットリターン。
(この英語、ちょっと怪しいわね。恰好つけすぎか。)
私は桃華先輩に髪と着付けを直してもらい、あきらも水川先輩に浴衣を直してもらう。
人生、やり直しのきかないこともある。
でも、やり直せることは何回やり直したっていいじゃないの。
先輩たちにお礼を言って別れる。
「そういえば友香、首のとこ、どうしたの?結構赤いけど。」
「ちょっと虫刺され。絆創膏はってたけど、取れちゃって。はりなおそうかと。」
「僕がはってあげるから、貸して。」
私はあきらがはりやすいように、首筋を傾けてお願いする。あきらが近寄る。
「えっ!」
なんとあきらは首筋に素早くキスしてから絆創膏をはってくれた!
「消毒だから。(片平さんの後だから、スキンシップしてもいいだろうな。)」
なになに、めっちゃ恥ずかしい!多分今、顔が真っ赤だわ。
胸が帯できついのに、もっと締め付けられる。
ダニに感謝すべきか、キスされたとこがダニにかまれたところというのはどうなんだとか変なことが頭の中でぐるぐるした。
受験生なのにこんなに浮かれてちゃダメだね。
終わりよければすべてよし。楽しい花火大会でした。
花火はほとんど見なかったけど。
おまけ。
【金城家】
「あなた……。あの、あきらの浴衣の帯、片面がが茶色でもう片面が薄茶なのよ。確か行きは茶色で出かけたのに、薄茶が表で帰ってきたのよ。どういうことかしら……。」
「……母さんの気のせいじゃないか?」
水川先輩がうっかりしたせいです。私は無実です。
【一色家】
「ただいまー、浴衣って暑いわ。もう脱ぐ。」
「友香、下駄大丈夫だっ……。(あら、友香ってそんなに髪をきっちり編み込んであったかしら。確かゆるふわだったような…。でも、後ろを自分では編み込めないだろうし、啓君だって…いや、彼は手芸が出来るから、髪を編み込むのも出来るのかしら。)」
桃華さんがきっちりにしか編み込めなかったせいです。僕も無実です。
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