第61話 花火大会 ボタンの掛け違い

「あきらなんてもう知らない!私帰る!」


「待って友香、ごめん、(何が悪かったのかわからないけど)僕が悪かったよ、ちょっと、友香――。」


 夏の夜の空気は生ぬるい。それがお祭り気分を呼び起こす気がする。

 僕だけでなく道を歩いている人たちはみんなうきうきしているように見える。

 花火大会に待ち合わせた友香は目が潤んでいて、はにかんだ表情とか何だかいつもより可愛かった。


「あきら、どうかな?」

(ちゃんとどうかなって言えばよかった。)


「化粧してるの?いつもより美人だね。」

(ただ、とってもって言えばよかった。できれば髪型を褒めていれば…。)


「はぁ?化粧は全くしてないけど。いつもよりってどういうことよ。私が美人なわけないでしょ。いい加減なこと言ってるの!」


 そこらへんからなんだか雲行きが怪しくなって、話を続けるうちに多分僕が上手く危険を回避できなかったようだ。

 勉強漬けで少し頭が疲れていたのがいけなかったのか。


「友香、怒らないで、僕の何がいけなかったんだよー、考えてもわからないよぅ、友香――。」


「あい。」


 何かが浴衣のすそをつかむ感じがして下を見ると、三歳くらいの可愛らしい女の子が僕の浴衣につかまっている。

 誰だろうこの子。近所の子じゃないし。


「あの、お名前を言えるかな。」


「ユカ、さんしゃい。」


 わぁ!僕が友香の名前を何回も叫んでるから間違えて来ちゃったのかな?

 それとも迷子?どうしよう。

 周りを見回して親らしい人を探す。幼女誘拐犯に間違えられたらどうしよう。

 友香、そばにいて――。



「あきら、さっきはゴメン。イライラして怒っちゃって。ちょっと勉強し過ぎて頭が疲れてたのかも。悪かったわ……あら何その子。」


「友香、戻ってきてくれたんだね!」


 はた目から見たら妻に逃げられたお父さんと幼子が、戻ってきてくれたお母さんを大喜びで迎えている図だろう。

 いつまでもブスブスと機嫌を悪くしないで反省できるところが友香のいいところなんだよ。今回はお互い様だけど。でも助かった……。


「迷子みたいなんだ。友香を呼んだらこの子がいたの。ユカちゃんっていうんだ。」


「あら、可愛い名前ね。親御さんを探しながら、迷子案内所まで連れていくしかないわ。ユカちゃん、お姉ちゃんがおんぶしてあげる。」


「ありあと。」


 ユカちゃんは泣かないで友香におんぶされる。

 よかった、幼女誘拐犯の疑いをかけられるリスクは、これで回避することができた――。

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