第55話 仲良きことは美しきかな

「君、K校の金城君だよね。」


 駅前の大型書店で赤本(各大学の過去問題集)を選んでいた僕に声を掛けてきたのは、ちょっと緊張した顔のМ校の小森君。


「やあ小森君、この間はどうも。インターハイ出場決まったんだよね。おめでとう。」


「ありがとう。よかった、ボクのこと覚えていてくれて。」


 小森君は嬉しそうな笑顔になる。

 卓球は一対一で最低でも二十分くらいは戦うから、一度対戦すると相手が誰でも結構後まで覚えている。ユニホームを着ていないとちょっと気が付かないこともあるけど。


「あたりまえだよ。小森君と戦ったことは、多分僕、一生忘れないと思うよ。」


「そんなふうに言ってくれてうれしいよ。ボク、影が薄いってよく言われるから。」


 恥ずかしそうに言う小森君は、卓球をやっているときの厳しい雰囲気とは大違いで、控えめな読書好きな感じのやつだった。


「実は、金城君にお礼が言いたかったんだ。」


「僕に?何で?」


「ちょっと話が長くなるから、お茶しないか。タピオカドリンク好きなんだけど、なかなか外出できなくて。せっかくだから、行きたいって思ってたんだ。」


「寮に入ってるんだってね。いいよ、タピオカ、僕も好きだし。」


 僕が黒糖のタピオカ、小森が抹茶のタピオカを注文する。

 もきゅもきゅとした食感が楽しい。

 小森はすぐには話し出さず、半分くらい飲んで、やっと口を開く。


「実はさ、ボク地区予選のとき、レギュラーギリギリで、何かミスしたら落とされるか、下のやつが調子よければ変えられちゃうくらいだったんだ。」


 マジか。僕のこと谷底に突き落としてコンクリートで埋めたくせに。


「小森君はとっても強かったよ。僕は本当に君と戦えてよかったと思ってるのに。」


れんでいいよ。最近、誰かに褒められたことなくってさ、金城君に、僕と戦えてよかったって言われたとき、本当にうれしかったんだ。うちの高校はどんなに頑張っても、もっと強くなれ、もっとやれるって……。ちょっと落ち込んでたのかな。」


「そういう時もあるよ、連君。僕のこともあきらって呼んでよ。一回戦って握手したら、もう友達じゃないか。」


「ありがとう、啓くん。これからもたまに励ましてもらいたいんだけど、連絡先交換してもらっていい?」


「いいけど、僕もう引退したから大学に入るまでは卓球はお休みするよ。」


「うん、ちょっと愚痴を聞いてほしいだけ。卓球のこと知ってて、うちの部に関係ない啓くんは相談するのにうってつけなんだ。ところで、赤本見てたけど啓くんってどこの大学を受けるの?」


「B大学が第一志望かな。受かるかわからないけど。」


 帰り際、まだ励ましてもらいたそうだった連君に声を掛ける。


「インターハイ、いい試合ができるように祈ってるよ。連君が頑張ってくれないと、公開処刑された僕が可哀そうだろ。僕が連君から取った点数より、相手に取られないでくれよ。」


「うん、任せといて。頑張るから。」


 連君の笑顔はとっても嬉しそうだった。

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