第39話 聖戦バレンタイン①

「待ちかねたわ、一色友香。ここで会ったが百年目、あなたを谷底に突き落として、コンクリートで固めて、その上に築城してやるわ!」


「ここ、あきらの家の前なんですけど。ここに築城するの?それにしてもこんな寒いところで待ってたの?片平さん、唇青いよ。」


「今来たところよ!」


「とりあえず、中に入んなさいよ。」


「言われなくっても、ってあんたの家じゃないでしょ!」



 バレンタインの前日の日曜日に、約束した友香がそろそろ来ると思っていたら、友香と片平さんまで現れた。

 友香はジーンズにシンプルなセーターに、ほぼノーメーク(唇だけちょっと赤いかな)だが、片平さんはなんだか気合の入ったオシャレな服と、学校とは違うフルメイクで、美しいというよりちょっと怖い。

 絶対にいつもと目が違う。残念だが僕には違和感しか感じられない。

 普段すっぴんの同級生を見慣れていて、彼女でもないのに急にバッチリ化粧されると戸惑うんだけど。


「金城君のクラスメイトの片平です。あの、これ私の作ったフォンダンショコラです。」


「まあ、たくさんあるのね。じゃあ、紅茶入れましょうか。」


 母さんとっておきのティーセットが出たな。


「わあ、これウエッジウッドのロイヤルブルーですね。素敵。」


「片平さん、わかるの?うちの男どもはどれでも一緒って感じなのに。」


「今まで気が付かなくてすみません。私、ブランドよく知らなくて……。」


「いいのよ、友香ちゃん。まだ高校生だもの、今からブランドに詳しすぎるのも……。」


 なんだか今日の友香は元気がなくて口数が少ない。

 片平さんに何か言われたのかな。

 ほとんどフォンダンショコラも紅茶も口にしていないし、焼いてくるといってたチーズケーキは箱に入ったまま、ダイニングテーブルの上に置きっぱなしだ。

 父さんも母さんも異変に気付いたようだ。

 片平さんが何かしゃべっているようだが、耳に入ってこないし、友香も何も言わない。


 そこへ二月の寒い中、Gがヨロヨロと出現し、リビングは大パニックになった。友香が我が家の流儀でさっと始末してくれたので、すぐに平和が取り戻された。

 片平さんは、キャーキャー言うだけならまだしも、


「トイレットペーパーを使うとはいえ、ゴキブリをつかむなんて、一色さんって野蛮ね。」


 と言い放った。その言葉に両親と僕は凍り付くが、彼女はなにも気付かないようだ。

 いつもの友香なら『だったらあなた、何とかして見せなさいよ。』くらい、言いそうなものだが、少し後ろを向いて涙をぬぐっているようだ。

 どうしちゃったんだろう……。


「すみません、用事があるのを思い出したので、今日は帰ります。」


 友香がしょんぼり帰って行ったあと、片平さんは浮かれていろいろ喋りまくっていたが、誰も口をきかなかった。

 微妙な空気を感じた片平さんがようやく帰った後、僕は父さんに呼ばれた。


 こんなに厳しい顔の父さんは、初めてだ。


「啓、お前二股かけているんじゃないだろうが、どうなっているんだ。」


「付き合ってるのは友香だけだよ。」


「確かに片平さんの方が、友香さんより美人だ。しかし、人生のパートナーは中身で選んだ方がいい。父さんが友香さんなら、今日のあれは、ちょっと耐えられないぞ。」


 父さん、友香にどんだけ同情してるんだよ!僕もそう思うけど。

 片平さんをブロックしない僕が悪いには悪いけど、いつも友香が何とかしていたのに。


「私も友香ちゃんの方が好きよ。もう、おかずたくさん余っちゃうじゃない。今日のことで友香ちゃんがうちに来てくれなくなったら、どうしてくれるのよ、啓!」


「何っ!友香さんがもう来ないって!そんな……。啓、謝ってこい!」


「なんて謝ればいいんだよ、父さん。」


「それくらい、自分で考えろ!」


 友香ーーカームバーック!!

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