第18話 小話 姑息なピンチの切り抜け方② 友香の兄 和斗

「一色君のことは、かずって呼ぶわ、私のことは百合って呼んで。」


 たったこれだけのことを打ち合わせて、俺たちは南村家の両親と駅前のホテルのレストランで食事をすることになった。

 何でこんなことになったかというと、一昨日のサークルのコンパで酔っ払った僕に南村さんが、またなにやら謝ってきたので『いいよ、もう気にしないで。』といった。そうしたら南村さんの謝罪の中に、両親と食事して欲しいというセリフが混じっていたらしいのだ。

 そう、どうやらまたはめられたようだ。もう南村さんのいるところではお酒は飲まないようにした方がいいな。


 俺はスーツ、南村さんは小さな花柄のワンピースで清楚な感じだ。


「それで一色君、御家族は――。」


「はい、両親と、」


「あれ、和兄かずにい、こんなとこで何してんの。」


「これが妹の友香です。」


「弟の優斗で―す。」


「!何で皆、ここにいるの!!!」


 俺は飛び上がって両親と妹弟をレストランの隅に引っ張っていった。


「夏休みの家族旅行に和斗のところに行って、観光してホテルで食事しようってお母さんメールしたじゃないの。あんた全然返事しないから、四人で食事して、明日あなたの下宿に行くつもりだったのよ。」


 あっ、メール?紛れて気づかないからメールは止めてって言ったのに。


「ゴメン、実はの南村さんが父親に無理やり変な奴と婚約させられそうになってて、今助けてるとこ。」


 ものすごくかいつまんで説明する。


「なんだ、和の彼女じゃないのか。父さん、残念だ。」


「とにかく、和とあのお嬢さんのことを認めさせればいいのね。まかせなさい!」


 食事前だったのと、空いているテーブルがあったので、全員が座れるテーブルに席をセットしてもらう。


「遅れて申し訳ありません、和斗の父です。」


 父さんは、外面そとづらが驚くほどいい。頼れる上司のエリートサラリーマンのようだ。

 俺の家族はナイスなことにホテルで食事するために、全員きちんとした服装だ。よかった。

 妹はぽっちゃり以上に太っていたはずだが、どうしたことか、この前帰省したら、痩せていて、今日もきちんとした体型だ。

 南村さんは一人娘だそうで、両親と一緒に俺の家族の出現に驚いている。そうだよね。


「それで、大学卒業後の予定は…。」


 気まずい雰囲気の中、食事が進むが、味がわからない。

 ボロを出さないか取り繕うのがつらい。


「君は、長男のようだが、」


 その時突然、母さんが俺を谷底に突き落とした。


「うちには和斗と同じくらい優秀な次男がおりますの。なんでしたら和斗はそちらの名字に変えていただいてもよろしいのよ。」


 妹の友香が谷底にいる俺をコンクリートで埋める。


「私も両親から将来、名字が変わるようなことがあっても、仲良くするように言われています。」


 父さんと優斗は、否定することなく無になってナイフとフォークを操っている。

 南村家の両親の顔が輝く。


 テーブルでの会計の時に父さんが、男側の親が払います的にブラックカードを銀のトレーに乗せる。南村家の両親の目が光る。

 実はこれ、カード会社に勤める父さんが仕事上、入りたくもないのに入らされ、払いたくもないのに年会費を払っているシロモノ。

 いいか、南村さんが助かれば。

 のんびりした顔と評判の俺が、できる限りの精いっぱいのキリリとした顔で締めくくった。


「百合さんとは真剣にお付き合いさせていただきます。」


「和って、頼りがいがあって素敵でしょ。」


 南村さんのピンチは救われた。

 卒業まであと一年以上ある。後は自分で何とかして欲しい。

 南村家の飲食代は俺への仕送りから引かれるらしい。


「お母さん、この勝負はうちの勝ちだね。」


 妹よ、そういう問題じゃないよ。


【和斗くん、好きでもない人を彼氏の身代わりに使うと思ってるの?外堀(南村家)と内堀(一色家)は埋まったわよ。後は本丸(あなた)を落とすのみ。ブラック百合リリー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る