第16話  弓道の試合

「友香、君は一体どこにいるんだ。ああ、僕には君を見つけることができない……。だって、全員同じ弓道着を着ているんだもの!」


 弓道は老若男女問わず全員、白足袋しろたび、黒の袴、白の道着で全国的に統一されているようだ。

 剣道や柔道は道着が青かったり袴が白かったり背中にゼッケンが付いていたりするが、弓道はわずかに女子の胸当てが黒か、白のメッシュかくらいしか違わない。このまま、明治時代にタイムスリップしても通用するだろう。

 洋服より前からある衣類だからか、全員とっても凛々しく着こなしている。似合わない人がいないのだ。

 卓球では、相手チームと違うユニホームを着なくてはいけないというルールがあるのに。

 本人たちは普段見ていて違いがわかっているようだが、セミロングヘアの髪を後ろで一つに束ねている女子がたくさんいて、隣で観戦している夫婦連れは、撮影しているお父さんに、『ちょっと、今撮ってる女の子、うちの娘じゃないわよ。』ってやってる。

 それにしても、なかなか的にあたらないものだな。

 一人四本の矢を持っていて、四本全部中る人はなかなかいないし、全部中る(皆中かいちゅう)と拍手までしてもらえるようだ。

 百発百中って、弓道には関係ない言葉なのか。四発四中でも大変なのに。

 隣のお母さんがお父さんに説明するのを一緒に聞く。

「今日のは五人で一チーム、一人四本×2で、的に中った数で勝ち上がっていくの。個人戦の決勝位になると、的の真ん中に中った方が勝つけど、大抵は的のどこに中たってもいいのよ。」

 なるほど、ルールは簡単だ。

 しかし、弓道には正しい型があって、全員がそこを目指して練習しているので素人には誰が上手で誰が下手か見分けがつかない同じ動きだ。

 入退場にも決まった作法があるようで、背筋を伸ばしてスリスリと歩く姿はどの高校も一緒。

 しかも、矢が飛んでこない距離からしか観戦できないので、彼女や娘でも簡単には見つけられない。

 あっ、いた、友香だ。いつもの人の好さそうなのんびりした顔でなく、キリリと真剣な表情だ。

 射位に入る。どっしりと体を安定させて(足踏み、胴づくり)弓と矢を構える(弓構え)。弓矢を持ち上げて(打ち起こし、大三)弓を引く(引き分け)。イノシシとかシカを狙うといった目ではなく、的を一点見つめるといった感じ(会)。そして矢を離す(離れ)。弦から離れた矢は、一直線に的に飛んでいく。あっ、惜しい。ギリギリで中らなかった。矢を離した後の余韻を残しつつ(残身・残心)、もう一本つがえる。

 矢の、二本目、四本目を右手の薬指、小指で挟んだまま弓を引くのがかっこいいな。

 これ、茶道の作法と同じで、姑息な技は全く使えない。友香はいつも姑息だけど、弓道で姑息なしの姿もいいな。

 同じチームの五人が全員同じ動きを少しづつずらして行っていくようだ。

 同じすぎてテレビ映えしない。だからあんまりテレビで見ないんだろうな。

 僕も、友香がいなければそろそろ帰りたいくらいだ。

 卓球は常にラリーをしているし、スマッシュを決めるときは見ている人も面白いだろう。

 こんなにも違うスポーツをしていてよく付き合っていられる。

 というか、違うからこそ、お互いの中の違いが魅力なのだろう。

 しかし、これはアレだ、無人島とか、山で遭難した時、過去にタイムスリップした時でも、卓球のラケットとピン球を持ってる僕より、弓矢を持ってる友香の方が有利だな。

 町で突然殺人鬼が襲ってきても、ラケットでは届く範囲が狭いけど、弓を持っていたら…。

 くだらないことを考えていたら、友香のチームは負けたようだ。


「友香、お疲れ様。とってもかっこよかったよ。」


「ありがと。今日、あんまり中らなかったけど。」


 

 帰りに二人でクリームブリュレがおいしいオムレツ屋さんに寄った。

 ランチの時間には行列しているが、ブリュレ目当ての四時近くだったから空いていた。


「弓道の人って着替えないの?」


 みんな道着を着たまま帰っていたな。友香も道着のままだ。


「うん、朝、家から道着で来てるよ。着替える人もいるかもしれないけど、更衣室狭いし、脱いだら袴をたたまないといけないから。名前は書いてあるけど、全員同じ道着で、その辺に置いておくと間違えられちゃうし。」


 卓球では考えられない。ユニホームで来ることはあっても、試合後は汗まみれだから、応援席か体育館の隅で、ささっと着替える。(そういえば、女子はどうしているんだろう)十秒かからずに着替えられるし。

 さらに、卓球ではタオルタイムといって、お互いの得点を足した数が六の倍数の時だけタオルを使っていいというルールがある。

 これがないと汗を拭きまくるので試合が進まない。


「洋服もいいけど、友香には道着が良く似合うね。」


「ありがとう。」


 帰り道りの彼女の足元は、スニーカーに足袋だった……。草履や雪駄とかじゃないんだ。

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