第13話 小話 弓道部夏合宿 けんちゃん視点
「んっ、う…ん、はぁ…」
「どう?甲斐君、出そう?」
「う…ん、なんか出そうなんだけど…。」
「頑張って、応援してるから!」
「ありがとう、けんちゃん。でも、そんなトイレのドアのすぐ外にいられたら、出るものもよけい出なくなるんだけど。」
「じゃあ、ボクあっちいってるね。」
三泊四日の弓道部合宿の三日目の早朝、ボク達二年生は一致団結して甲斐君の便秘に取り組んでいた。
「けんちゃん、甲斐君どうだった?生まれた?」
「けっこう来てるみたいだったけど、まだ。」
「おばあちゃんの漢方便秘薬、効かなかったか。」
甲斐君にドクダミやらなにやら調合したおばあちゃん作成の自家製の漢方薬を分けてあげたトモちゃんがやっぱりといった感じでため息をつく。
合宿に来て二日目の夜、甲斐君が愁いを帯びた、というよりしんどそうな顔をしているのに初めに気づいたのはボク。
旅先で、一番困るのは体調が悪くなることだ。
「ねぇ、甲斐君、体調悪いの?」
「うん、実はちょっと便秘気味で。」
「えっ、甲斐君が便秘?」
僕が驚くのも無理はない。甲斐君は繊細で、緊張するとお腹を壊してしまうことが多い。いつも必ず下痢止めをカバンに忍ばせている。
高校入試の時、ボクが緊張のあまりお腹が痛くて困っていたら、『君、お腹痛いの?下痢止めいる?』と爽やかに声を掛けてくれた、それが甲斐君との出会い。
「甲斐君が便秘なんて、珍しいね。」
「うん、便秘なんて初めてで、対処できないんだ。」
頭痛とか、骨折とかは素人では対処できない。
しかし、便秘なら女子の応援があればなんとかなるかもしれない。
昨日の夕食後、ボクは緊急ミーティングとして、二年生に集合してもらった。
「けんちゃん、何のためのミーティングなの?せっかくトランプしてたのに。」
「実は甲斐君が便秘で。」
「便秘?何日くらい出てないの?」
「合宿前からで四日だって。」
「別にそれくらい大丈夫でしょ。」
「いや、甲斐君便秘したことないらしくて…。」
「みんなゴメン、オレの便秘のせいでトランプできなくて。」
「謝ることないよ!私たち仲間じゃない!三人寄れば文殊の知恵っていうじゃない!みんなで考えればきっと知恵もウン○も出るって!」
「ありがとう、エミ、頼もしいよ。」
弓道は個人競技だ。
連携するチームプレーもないし、一人一人が精進しているだけ。
今まで普通に仲の良かった二年生が甲斐君の便秘をきっかけに、全員固く結束した。
「冷たい牛乳を一気飲みしてみたら。」
「やってみよう。」
全員で自販機の牛乳を買って一気飲みする。
「お腹を時計回りにマッサージするといいらしいよ。」
「やろう。」
全員でお腹をマッサージする。
「トイレで座ってみたら?」
「それ、あんまりよくないってテレビで…。」
「じゃあ、ここでヤンキー座りしたら?」
「やってみようよ。」
その場で全員でヤンキー座りしていたら、一年生が通りかかって、おびえた顔をして逃げていった。
さらに、ミカリンが『ごめん、私トイレ。』と、そそくさとトイレに行った。
「そんな大変な便秘に効くかわからないけど…。」
トモちゃんがおばあちゃん作成の漢方便秘薬を甲斐君に分けてくれた。
「ありがとう、もらうよ。」
と薬を飲んで一晩明けたのだが…。
「どうしよう、先生に言う?」
「今日八十射会だけど、できる?」
ワイワイしないがら朝食を食べるために食堂に行く。
メニューに野沢菜とヨーグルトがあったので、ボクの分も甲斐君に食べさせる。そばにいたマドカちゃんと友香ちゃんもヨーグルトをくれた。
食後、時計回りマッサージしていた甲斐君が、『もう一回チャレンジしてみる。』とトイレに行ったときは、二年生全員で祈った。
自分のことではなく、こんなに多人数で一つのことを祈ったのは初めてだ。 あっ、プロ野球の応援に似てるかも。
「おい、二年生は何やってるんだ。」
結弦先輩や、他の三年生の先輩が心配してきた。
しかし、これ以上甲斐君の恥ずかしい話は広めたくない。そのとき、
「みなさん、出ました――!あ――ウン○出るって素晴らしー!」
「甲斐君、やったね!」
「よかったね。」
「みんな、ありがとう。けんちゃんも励ましてくれてありがとう!」
「うん、ボクもうれしいよ。」
下品だったので二年生全員、練習前に道場で五分間の正座を言い渡された。
でも、みんな本当に喜んでた。
三年生はこの夏合宿で引退する。
ボク(けんちゃん)はこの時のリーダーシップによって、次期部長に選ばれた。
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