第12話 結局花火は……

「ミカリン先輩、浴衣とってもお似合いです。」


「ルリもとっても可愛いわよ」


「ちょっとナオト、Tシャツとジーンズで来るならいっそ弓道着できなさいよ。」


「ハイ…、来年は浴衣で来ます、マドカ先輩。」


「トモとエミは彼氏と行くからって。友香はいいの?」


「私は八時に約束してるから、途中で抜けるね。」


「あれ、けんちゃん去年と浴衣違うやつじゃないの?」


「うん、結弦先輩の家の呉服屋さんでボク用につくったんだ。」


「えっ結弦先輩って呉服屋の若旦那みたいな人って思ってたけど、本当に呉服屋だったの?」


 ちょっと前までみんなで集まって幸せなおしゃべりをしていたのに…。


「みんな、ゴメン!緊急事態だから、すぐ来て!」


 部長の結弦先輩が、浴衣にたすき掛けで叫びながら走ってくる。

 何事かと思ったら、花火大会の簡易救護テントと、浴衣の着崩れお直しコーナーのアルバイトを手配し忘れたので、手伝ってほしいそうだ。

 手配し忘れたのは結弦先輩の父、呉服屋の旦那だ。


「一年生は、迷子の対応だ!本人の名前と、親の名前を聞いて、メモしろ!友香が仕切って!」

「三年生と二年生女子はお直しコーナー担当だ!」

「けんちゃんと甲斐で落し物の受付をして!」


 結弦先輩が次々と指示を出す。人手が足らないようなので、私はあきらにラインする。

『今すぐ来てよー。私、大ピンチ!救護テントで待つ。』


 しばらくすると、メロス、いや、あきらが走ってきてくれた。


「わーん、ママー。」

 泣きわめく幼児。流れる鼻血。ごった返す人。

 彼は、どうして僕はこんな野戦病院のようなところにいるのだろうという顔をしている。


「あきら、来てくれたの!助かる!」


 私はウエットティッシュで小学生の男の子の鼻血を拭いてあげながら、泣いている迷子二人をあきらに渡し、慰めておいてとお願いする。

 あきらはジーンズの右膝にヒロ君、左膝にアイちゃんを抱っこして、『大丈夫だよ、パパとママすぐ来るから。』と慰めている。アイちゃんはすぐに泣き止んでいる。


「友香先輩、親御さんが子供を探しに見えました!」

「本物の親か、一応確認してから引き渡して!」

「ヒロ君、探したのよ。」

「駄目じゃないか、ママが心配してたぞ。」

「ヒロ君、この人達、パパとママ?」

「ちがうよ。」

「友香先輩、不審者です!」

「その人たち、弓道部のOBだよ!」

「友香、何してるの?」

「水川先輩、桃華先輩、この子は?」

「知り合いの子よ。」


 もう、大変な騒ぎだった。あきらが、ヒロ君と、アイちゃんとユウ君とさよならした後、ようやく呉服屋の旦那が大人の助っ人を呼んできてくれて、私たちは無罪放免になった。


「私たちの花火大会、どうしてくれるんですか。」

「友香はまだいいわよ。私の彼、どっか行っちゃったんですけど!」

「ボク、今年の浴衣、新品だったのにヨレヨレ…。」


「ありがとう。助かったよ。君達全員、成人式の着物をうちであつらえてくれるなら、二割引きするよ。」


「はあー?それだけ?」


 不機嫌な知的メガネ君が静かに応戦する。


「すみません、僕、この花火大会のために、おたくで浴衣を買ったんですけど。」


「あ、覚えています。」


「急に呼ばれて、着てこれなかったんですけど。」


「……全員に商店街のお買物券を差し上げますので勘弁してください。」


 友香からのライン

『今日はありがと。あきらの浴衣姿見たかったのに。』

『商店街の納涼祭りに行こうよ。着ていくからさ。』

『うん♡ところで、あきら、遊園地好き?』

『うーん、絶叫系が苦手で。でも、目をつぶって息を止めて安全バーを握りしめていれば耐えられるかも。』

『遊園地のことは忘れてクダサイ。』

『忘れさせてくれてありがとう。ごめんよ。』

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