第7話 啓の誕生日

 土曜の部活終わりで家の門まで来ると、焼き魚の匂いがする。

 はぁ、魚は大好きだけど、今日はとっても疲れていて、食べるの面倒くさいんだよ。もう、母さんは――。


「おかえりなさい、ご飯にする?それともお風呂?」


「風呂に決まって…。なんで友香がいるの?」


 彼女がエプロンをしてキッチンから、えへへと顔を出している。


「なんでって、誕生日サプライズだよーん。驚いた?」


「誕生日は明後日だろ?」


「平日は無理だから。この前、クッキー渡しに来た時に、おばさまに相談したら土曜日でいいわよって。」


「啓、早くお風呂に入ってきなさい、もうできちゃうわよ。」


 父さんもニンマリして友香を見ている。知っていたのか、両親よ…。



 風呂から出てくると、友香が寄ってきて『風呂上がりの啓くんは水も滴るいい男だね。』とささやいた。『友香ってそういう事言うの苦手かと思った。』『赤くなったね、ふふ。思ったことは言っとかないとって約束したじゃない。』



「あっ、ご飯の茶碗、変えてくれたんだ。」


 いつもの茶碗が少し大ぶりな渋めの茶碗に変わっていた。

 これ、なかなかいいな。

 おかわりするのが面倒で、大きいの買っといてって言ったんだっけ。


「私からの誕生日プレゼントだよ。おばさまに、啓くんが欲しいもの聞いたら、教えて下さったの。」


 母さん、ナイス!でも、これ、ご飯のたびに友香のこと思い出してしまうのでは…。

 それにしても友香のちょっとした気遣いが、いつも本当に僕を幸せにしてくれる。

 目の前に両親さえいなければ…。と目の前を見ると、箸立てに見慣れぬ赤い可愛い箸が入ってて、友香が迷わずそれを取る…。

 おぅ!うちの箸立てに彼女のマイ箸があるんですけど!も―!!幸せかも――!

 幸せって、こういうちょっとしたことなのかもしれない。


「この、イカカレーサラダ、とっても美味しいですね。口の中にイカと玉ねぎとトマトを一緒に入れてもぐもぐするとたまりません!」


 母さんの得意料理だ。イカにカレー粉をつけて揚げて、トマトと玉ねぎのみじん切りとをドレッシングで和えるやつ。レモンも絞ってたっけ。

 これまたドレッシングが自家製だったはず…。


「友香は何を作ってくれたの?」


「魚を焼きました。」


「そう…。」


「友香さんは、お兄さんも弟さんもいるから、生意気な一人娘につかまるよりは、よっぽどいいわね。」


「そうだな、孫は独り占めだ。うはは。」


 小声のつもりでも、しっかり聞こえてるよう!

 友香は何食わぬ顔をして、サラダをもりもり食べている。


「ねぇ、友香、ちょっと二人で話したいんだけど。僕の部屋に行かない?」


 食後にささやくと、彼女は警戒した顔をしている。


「別に何もしやしないよ。部屋のドアは開けとけばいいし、これからも友香から手を出されない限り、僕から手は出さないって約束するから。」


「そういう事じゃないの。啓くんのことは、信用してるし…。あの、言いにくいんだけど、啓くんの部屋に入ったからって、私の部屋に入れてって、言わない?」


「……汚部屋おへやなの?」


「汚部屋じゃないよ、ちょっと物が多いだけ、どこに何があるかわかっているんだから…。」


 それ、汚部屋の人が必ず言う事じゃないか。

 一色家はすっきりと片付いていて、モノが少ないと感じるほどだったのに。

 あの家にはそんな魔窟が一部屋あるのか…。


 なんとか、僕の部屋にご降臨いただいたお姫様は、部屋の中をいろいろ眺めている。


「机周りがすっきりしていていいね。どうやってるの?」


「プリント類はほとんど捨ててるかな。あと、今、要るって以外の教科書とか参考書はクローゼットの下の引き出しにしまってる。前は、本棚がもう一つあったけど、和室の押し入れの下の段に小さい棚買って移したんだよ。読みたいときはそこから出して、リビングで読んで、戻しとけばいいしね。」


 友香が感心したように僕を見ている。僕も友香を見つめる。

 友香が、手を伸ばしてくる。握ってもいいだろうな、これは。


「友香さーん、クイズ!西大王が始まっちゃうわよー。」


「ハーイ、今行きまーす。」



 友香からのライン

『西大王の輝ちゃん、美人で可愛いよね。スニーカーでダッシュするとことか大好き!同じ女性として憧れるわ♡』

『僕は鷹崎君のマニアックなヒントの出し方とか、さりげないリーダーシップがいいよ。』

『同じメガネ仲間だしね。水下君のあの笑顔みたさにテレビ見てる人、絶対たくさんいるよ♡』

『それ、君のことだろ。本当に好きだね、西大王。どこに♡つけてんの😠』

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