その3

「へぇ、そんなことがあったんですか。なんか、いいところを省いてませんか?」


 私は、アイスティーを飲みながら相づちを打った。

 (言いにくいところはかなり省略したからな。守、心の声)


「で、水族館では、何があったんですか?」


「水族館では、何もないかったな。」


「本当ですか、水川先輩!」


「本当だ。」


「本当よ、でも、その後の観覧車で――。」


「えっ!観覧車?ああ、水族館のそばにありましたね。」


 そっちも言ってくださいと、視線を送ると、あきらめたように水川先輩は話だした。



「あんなところに観覧車があるぜ!乗らないか、桃華。」


 我ながらセリフの棒読みだ。

 水族館は楽しかった。日本人なら誰でも、魚を見ると『これ、食べられるのか?』と思い、次に『刺身か、煮つけか、焼くのか。』と考えるだろう。桃華もマグロを見て、『新鮮だわね。』と言っていた。生きてるんだから…。クラゲや亀には癒されたし、楽しかった。

 夕方外に出ると、水族館公園の一角に巨大な観覧車があって、もちろんオレは桃華を誘った。


「守、エロいこと考えてないでしょうね。」


 逆に聞きたい。ここでエロいこと考えてないやつっているのか?しかし、正直に答えることが正解ではないこともある。


「何もしないって!一色が、景色がいいからぜひ乗るべきだって。」


「本当に何もしないわね!武士に二言はないわね。」


「オレの先祖は、百姓だぞ。」


 そんな会話を中断させるような、強烈な幼児の泣きわめく声が聞こえてきた。


「やだやだやだ――!のりたーい!かんらんしゃのりたい――!」


 その親子は、三歳くらいの男の子と、お母さん。そしてお母さんの押すベビーカーには一歳くらいの子が眠っている。

 

「ヒロくん、ママ、高いところ、怖いの。今度パパと来た時に――。」

「やだ―のる―」


こうなると、小さい子って絶対に我を通すよな。


「ねぇ、ヒロくん、お姉さんと一緒に乗らない?赤ちゃん、高いところは危ないよ?」


 でたっ、マドンナの微笑!お母さんは、恐縮しつつも、どこか助かったという顔をしている。


「私も彼も、小さい子、大好きなんです。ヒロ君、お姉ちゃんたちといっしょでいいよね。」


「うん!」



 観覧車に乗り込むと、桃華はヒロ君の名前や年を聞いた。


「たかはしひろあき!さんさいです!きょうはパパもくるっていったのに、おしごとになったの。」


「我慢して偉いね、ヒロ君。」


「うん、ママとゆかといっしょにこれたから、へいき!」


 あいつと同じ名前だな。

 観覧車はだんだん上へあがっていく。


「あっ、ママ、うみがみえるよ!わぁ、おふねも!」


「えっ?」


「あっ、ママってまちがえちゃった。」


 ヒロ君は、桃華を見て照れたように笑う。幼稚園の先生や、小学校の先生に間違えてお母さんって言っちゃうことあるな。

 ああ、将来オレは、桃華とオレたちの子どもと一緒にこうして観覧車に乗ることができるのだろうか…。ヒロ君のような元気な男の子と、できれば桃華に似た女の子も…。心が温かいもので満たされていくような気がした。気が早すぎってか。


 そんなことを考えていたら、一周はあっという間に過ぎた。

 オレ達もヒロ君達も帰るところだったので、駅まで桃華がベビーカーを押し、オレがヒロ君を肩車した。

 記念に一枚だけ写真を撮って、さよならした。


「守、いつかみんなで来ようね。」


桃華も同じこと考えていたんだ…。それが何よりも嬉しかった。



「…とまあ、こんなとこかな。」


「いい話ですね。」


「そうだろ。」


「あら、もうこんな時間、映画に間に合わなくなるわよ、守。私達、お先に失礼するわね。」


桃華さんが僕のすぐそばを通りすぎる時、ふわっといい匂いがした。

友香が目指しているのは、ああいうカップルなのか。


夜に友香からラインがきた。

『誕生日プレゼントのアイデア、先輩たちに聞けばよかったね。』

『もう思いついたから大丈夫。』

『えっ何だろう。食べるもの?』

『違うよ。』

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