その2

「それで、誰の差し金かしら。」


 花火大会後弓道部のメンツの策略によってオレと桃華は二人きりになっていた。 女王様はご機嫌斜めだ。


「私と守、帰る方向違うのに…。私、こういう気の使い方されるの、好きじゃないのよね。白状しなさい、首謀者はマリ?それとも」


「一色だよ。」


 しらばっくれても無駄だ。さっさと白状するに限る。


「まあ、友香が?…しょうがないわね。それで?この後どうなるのかしら。不良でも仕込んであるのかしら?私、下駄じゃないから鼻緒は切れないわよ。」


「オレは鼻緒が切れてもすげられないよ。ただ桃華を送ってくだけだ。」


「そう、ならいいわ。送ってください。」


 桃華は機嫌を直して後輩たちに絶賛される、マドンナの微笑と共に手を差し出した。

 ちょっと驚いたがオレは彼女の手を握ろうとしたその時、桃華のケータイが鳴った。


「はい、ジュリ?うん、守も一緒よ。今どこ?わかった、すぐ行くから!」


 オレも知っているクラスメートのジュリがピンチらしい。


「チョコバナナの露店の近くよ!」


「わかった、先に行ってるから!」



 チョコバナナの露店のそばで、ジュリが三人の男に囲まれている。

 ジュリは明らかに嫌がっている。

 ヒロインは別人だが、オレは万一に備えて渡されていた一色作成のメモに書かれたセリフを大声で叫ぶ。


「おい!お前ら、オレの女に手ェ出してんじゃねえ!弓があったら28m(弓道の射位から的まで)先からお前らの金的(特別な時に使う、金色の紙が貼ってある、かなり小さい的)を射抜いているところだぞ!」


 一色、これ、弓道関係者には絶対聞かれたくないやつじゃん!


「なんだと、やるのか!」


 おいおい、びびって退散してくれないのかよ。オレは接近戦は苦手なんだ。

 体育の柔道でも怪我したら危ないとかで、先生は受け身と寝技しか教えてくれなかった。

 男同士の寝技ばっかりで、体育の時間は地獄だったな。

 受け身は使えそうだけど。

 その時、桃華が追い付いてきて叫んだ。


「ちょっと、あんたたち!!! あーっそこのあんた、よっくん、よっくんでしょ!あんた、小学校の時、プールで溺れて私が助けてあげたじゃない!は・や・か・わ・も・も・か よっ!命の恩人の友達に何してんのよ!よっくんのおばさんに言いつけてやるわよ!」


「あっ、やっべっ、桃華か!」

「例のお前の許嫁いいなずけってやつ?」

「うるさい!桃華、ごめんなさい、許してください!おい、逃げるぜ!」



 半泣きのジュリが桃華に抱きつく。


「桃華、ありがとう。友達とはぐれちゃって…。弓道部で行くって言ってたから、水川君と一緒に近くにいると思ったの。」


「間に合ってよかったわ。浴衣、着崩れてるわね。ちょっと直してあげる。守、あっち向いて壁になってて。」


 もちろんそのあと、ジュリを家まで送ることになった。



「今日は私のためにありがとうね。ちょっと待ってて。」


 ジュリは急いで家に入ると、何かを手にもってすぐに出てきた。


「水族館の招待状、四枚もらったの。私とアイカで行くつもりだけどまだ二枚あるから水川君と桃華で行ってきて。」


「えっ いいの?ありがと、ジュリ」


 遊園地のチケットじゃないのかと思いながらも、桃華と水族館デートが約束されてうれしかった。それにしても――。



「桃華、さっきの許嫁とか桃華におびえるよっくんとかいうヤツは何なんだよ。」


 二人で桃華の家まで歩きながら聞いた。

 桃華はハァ――とため息をついてから衝撃的な言葉を発した。


「別に隠してたわけじゃないけど、よっくんは私のファーストキスの相手なのよ。」


 な――に――?!!あいつ、今度会ったらマジで射殺いころして、あっこんな言葉使ってるのがばれたら、他の真面目に弓道やってる人に絞められてしまう。


「ファーストキスって言っても小三の時にね、体育のプールでよっくんが溺れたの。担任の先生は、救急車を手配しに行っちゃって、もう一人先生がいたけど、びっくりして貧血を起こしてたの。それで私、学級委員として人工呼吸してみたのよ。それ、大正解だったみたいでとっても褒められたんだけど、見ていた男子たちがしつこくはやし立ててくるの、許嫁とか。先生がきちんと話をしてくれたからほとんど言われなくなってたんだけどね…。そういうわけで私、人前でいちゃつくのはトラウマなんだ。」


 そうか、オレは桃華はものすごく恥ずかしがりなだけだと思っていたのに、そんな過去が。

 その時、ふいに桃華が後ろからオレに抱き着いてきた。


「守、ありがとう。今日はとってもかっこよかった。浴衣も素敵よ。」


 桃華が体を離したのをもう一度つかまえようとしたとき、彼女は猛ダッシュで家に駆け込んでいた。

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