第21話 剣士たちの帰還

「ア゛ッ!ア゛ッ!ア゛ッ!ア゛ッ!ア゛ッ!ア゛ッ!」


 絶叫を上げて崩れ落ちた後アガメムノンは戦闘続行は不可能になり、股間部を抑えながら死にかけの尺取虫のようにもんどりうっている。

 馬面の巨漢が股間を抑えて転げまわる光景は敵なのに同情を誘う光景。まあボクがやったことだけど。

 アガメムノンとの戦いは彼のきわめて個人的な欲望に起因するものだったことが幸いした。彼は奴隷を回収して自分一人逃げようとしてい居たので仲間を連れていない。

 あともう一人敵がいたら一行は全滅していたかもしれなかった。それほどまでにあの大男は難敵だった。

 変態だけど。ド変態だけど。


「流石にやりすぎたかな……」


 具体的な痛みは想像できないけどリアクションから相当痛そうなのはわかる。男の子ならこれが分かるのだろうか、ジョーとウィンは勝利にもかかわらず閉口している。

 ここにアルファルドがいたら股間を抑えながら無言で後ずさるくらいはするのかな。


「いえ。当然の報いです。あちらに馬車があります。それを奪って行きましょう」


 流石族長の娘というべきか。ランファルは男衆がタマヒュンしていてもひるまずに立ち上がり、撤退ルートと逃走手段を提案してくれる。


「わかった。もう時間もないしね。皆もそれでいい?」

「「了解」」


 二人を指揮してハーフの一族を助け出す。

 アガメムノンを目の前で倒したことで士気が上がり、痛みにうずくまっていた人たち立ち上がってくれる。本当に強い人たちだ。

 まずは拘束を解く。両手足を縛ったロープを剣で切断する。だけど鎖は杭でしっかりと地面に固定されている。仕方ない、ぶった斬るか。


「てりゃ!」


 単発ブレードアーツ『スラッシュ』で斬ってみる。意外と固い。だから次は連続攻撃だ。


「てやあああ!」


 4連撃ブレードアーツ『スラッシュ・フィーア』でガンガン剣で垂直に鎖をぶっ叩くと3発目で斬れた。やったぜ。


「意外と……脳筋なんですね……」


 ランファルは感心したような呆れたような目でボクろを見ている。そんなに変なことやったかなあ?


「だって鍵探すより斬ったほうが早くない?」


「いえ、鍵、見つかりました」


 申し訳ない。ボクが脳筋でした。ともあれこれで鎖を破壊せずに済む。いちいち4連撃するのは大変だと思うからありがたい。

 ランファルの持ってきた鍵を使って鎖の戒めを解き、当初の目的通り仲間を全員馬車に乗せる。

 さあ脱出だ。ジョーとウィンがムチを撃って馬車を発進させようとした瞬間背後から罵声がした。

 傭兵部隊に追われて退却した獣人たちだ。彼らは人間たちに敵わないと判断し、尻尾を巻いて撤退したのだ。敵は多く、十人以上はいる。


「待ちやがれ! その馬車は俺たちが使うんだ!」「野郎、ぶっ殺してやる! 覚悟しろ奴隷共!」


 背後に響く口汚い言葉。馬車はキャパオーバー気味の人数を積んでいるためか動きが遅い。

 それにランファルたちは武器を失っている。追い付かれたらボクだけじゃ彼らを守り切れない。それにこの馬車がやられたら脱出方法が無くなる。


「行って! みんな!」


 剣を抜刀して馬車から降りて迎え撃つ。こうなったらボク一人でやるしかない。


「駄目です! ユウキ、戻ってください!」


 ランファルは馬車を下りようとする。けれども二人と自身の責任感に止められて降りられない。それに一度走り出した馬車は容易に方向転換できない。彼らは戦場を離れて走り続ける。


「ここから先は通行止めだよ。ここを通りたくばボクを倒していけ!」


 人生で一度は言ってみたかったセリフだ。ここは絶対に譲らない。


「行かせるかぁ!」


 戦闘集団の戦闘の二人が単発刺突ブレードアーツ『リーバー』を発動して、曲刀を赤く輝かせながら迫る。


「シッ!!」


 身を低くして剣を振り上げる。ボクに刺さるはずの二つの曲刀の剣先の軌道は同時に弾かれて頭上を通り抜ける。さらに剣を進行方向上に置く。二人の間を通り抜けると同時に突っ込んできた勢いを利用して左側の敵の脇腹を斬りつける。

 脇腹を抉る感触。今までのVRゲームにはなかった肉を切断する感覚は背筋が凍るようだ。けど無視する。

 振り返って通り抜けた敵のうち無事な左側の敵の無防備な背中を斬りつけ、一回転して目前の敵を見る。

 お次は3人連続か。

 今度は同時攻撃でなく波状攻撃。同時に対処できないようにタイミングをずらして3本の剣が襲い掛かる。


「りゃあああ!」


 片手剣6連撃『カーネージ・アライアンス』。紫色に光る剣は3連続で迫る剣を撃ち落し、残る3連撃で敵を返り討ちにする。殺したくはない。けれども向こうが殺してくるんだからボクだって手加減しようがない。

 本気で戦う。この世界にきて初のハンディキャップのない真剣勝負。不謹慎ながら少し楽しい。

 充実感を感じていると聞こえてくる風切り音。見上げると数本の槍が降ってくる。近接戦では敵わないと悟ったのか、やり投げという手法で戦ってくる敵。一歩だって引くもんか。

 落ちてくる槍はそう数が多くはない。だから全部撃ち落す!


「それそれそれ!」


 落ちてくる槍は雨と言うには少なすぎる。倒した敵を踏まないようにステップを踏み、躱せるものを躱しながら通常技で撃ち落す。

 次なる敵は5人。これだけの敵から攻撃を受ければ流石に防御はできない。だからこちらから勝負を仕掛ける。アルファルドの剣を抜いて突撃する。この二刀流で正面突破だ。


「たああああああ!」


『ソニックリープ』で一番右端の敵に襲い掛かる。ガードされるも本命は次、左手に持った剣での『スラッシュ』で文字通りの水平斬り。

 両手に剣をもって交互にブレードアーツを放つことで硬直時間を強制キャンセルする技。

 ブレードアークスで前に教えてもらったテクニックで、めちゃめちゃ難易度の高い技なんだけど決まってくれて何よりだ。

 最初に相手にした敵はそれで腹部を斬られてうずくまる。

 続いて右の剣でVの字に切り裂く2連撃『バーチカル・アーク』。一撃目で反撃を叩き落して二撃目で最も近いやつの腕を切り落とす。

 続いて左の剣で3連撃『シャープネイル』……これは不発。まずい、ボクに二刀流は早すぎた。

 この技を教えてくれた剣士でさえ4連コネクトの可能性は半分を切るんだ。ボクがこの技で無双するには無謀だった。

 そのペナルティのように一瞬硬直する体。この距離では致命的すぎる隙。敵はまだ3人もいる。それに今までの相手も死んでいないし戦闘続行も可能だ。


 まずいまずいまずい!このままじゃやられる!


 そう思った時に背後から吹き荒れる突風と風に乗って飛来する6本の矢。打根と呼ばれる暗器はボクの頭上を通り過ぎ、殺意の雨あられを降らす。

 中央の敵は針山のようになって倒れ、突風にあおられた体で背後の二人に圧し掛かる。

 その隙に技後硬直から解放されたボクは左手の奪った剣を投げつけて一人を倒すと、尻もちをつくもう一人に剣を突き付けた。これで5人も何とかなった。


「ハァ、ハァ…………」


 呼吸が荒い。体が熱い。今のボクの限界を超えた動きに悲鳴を上げる体。降伏勧告を出したいのに言葉が出ない。よろめく体。崩れるバランス。疲労しきった体はさっきから自分の心音しか聞かせてくれない。


 そのまま倒れそうになった時、ボクは誰かに抱き留められた。

 灰色の服を着た逞しい腕。筋肉質な体。そして何故か漂う焦げ臭いにおい。


「頑張ったな。あとは任せてくれ」


 ボクより弱いけどずっと強い灰色の人影はそういってボクの身体を抱きしめた。



 そしてここから後日譚というか戦争の後の話。

 その後彼らはアルファルドがこっそり物資をエルナ村やガジャルグからくすねて渡し、魔鉱石の鉱脈の近くに小規模の集落を立てさた。

 定期的な仕事を得た彼らの心の立ち直りは早く、魔鉱石の採掘は順調。

 アルファルドは「投資した分は帰ってきたがまだこれからだ」なんて言っていたが、それでも根無し草だった彼らに居場所ができたことは大きかった。

 1か月後彼らが持ってきた木箱山盛りの魔鉱石はまるで宝石の山のようで見ているだけでブルジョア気分を味わえる一品だった。


 それと────────────────


「本日付でお世話になります、イヴリース・リーだ。って何だか気持ち悪ィなこれ。いつもの通りにしねぇか?」


「1秒で敬語諦めてんじゃねぇ。お前それでも元受付嬢なのか」


 エルナ村に帰って1週間後、ギルドの武闘派受付嬢ことイヴリース・リーがアルファルドの二人目の側付きになった。

 どうやら彼女、ずっとこうしたかったらしいとはフィーネの談。でも素直じゃないイヴリースはなんだかんだで受付嬢としてアルファルドのバックアップとして転職していたのだそうだ。


 …なんていうか、経緯を聞くとすごく不器用で愛らしいな。そしてそれに気づいていなさそうなアルファルドは鈍感だ。

 イヴリースからすれば照れくさくてできなかった願いが自分の知らないところで妹の根回しで願いが叶ってしまったのだ。バツが悪いというか姉としての尊厳が若干傷ついたのかイヴリースは嬉しいにはうれしいそうだったが素直に喜んではいなかった。

 でも二人の関係は変わっても絡み方が変わることはなかった。


「一応現役だっつーの。そもそもこの村アタシらしか戦力いねーんだからよ、仕事の斡旋パイプだっているだろ? だから二足の草鞋って訳だが」


「余計悪いわこの元ヤン。礼儀のれの字から特別指導してやってもいいんだぞ」


「いえ。問題ありませんわ。アルファルド教官にそのようなお手を煩わせるなどとてもとても……うぷ」


「いや、だから早い」


 やはり途中で限界に達したのかわざとらしく片手で口を押えるイヴリース。彼女にとってそこまで敬語の維持って労力の使うものなのだろうか。

 アルファルドとの漫才に満足するとユウキの下にきてイヴリースは何度改まったかわからない挨拶をしてきた。


「それと、改めましてよろしくな、先輩」


 後輩ができた。

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