第20話 力の対処法
ここでのアガメムノンの登場は大局的、人間vs獣人での戦いには何の意味もない。
彼はただ自分の奴隷を回収するためだけにここへ来たのだ。
帳を切り裂いて下卑た薄笑いを浮かべながらアガメムノンは頬を紅潮させる。
興奮は冷めず、屹立して限界まで血流が流れた肉棒は彼の巨根と性癖のために特注して作られたホルダーがついている鎧の中でさえ暴れまわり、その存在感を外に表している。
状況が状況でなかったら誰だってこの男を見たら同じことを言うだろう。
「へ、変態だーーーー!」と。
その変態極まりない圧倒的な存在感にうかつに動けなかった。
ただボクたちの中でランファルを除いて。
彼女は瞬時に間合いを詰めると神速にして強烈な居合を放つ。たしか単発ブレードアーツ『辻風』、鞘から引き抜かれた刀は流れるように袈裟に敵を斬らんと空を斬るが、それは当然のごとく迎撃によって阻まれた。
「くっ……」
渾身の一撃をこともなく弾かれて後退するランファル。
この世界での剣技、ブレードアーツの威力は筋力、体格にも左右されるが何よりも意志、己の剣を通さんとするイメージの強靭さに左右される。
その点でいえば抜刀後の斬撃に限定して修練を重ね、それに特化したランファルの剣術に仲間を犯された憎悪と殺意を存分に乗せた一撃は生半可な防御すら貫通するほどの一撃だったはず。
それを防げた理由は単純。相手のほうが力と意志つまり”心意”が強かったからに過ぎなかった。
「効かねえな。前にお前じゃ俺には勝てねぇそんなことは解らせたはずだったんだがまぁ、調教し甲斐があるからよしとするかね」
「それにしてもランファル、お前最高の女だな。まさかお楽しみの後にデザートまで用意してくれるとはな。そんなに俺のモノが欲しかったのか?この欲張りさんめ。」
現代なら視線だけでセクハラ行為になりそうな下卑た視線がセクハラ発言とともにボクにも向けられる。
視線だけでここまで火血を不快にさせる人間がいようとは、この人面馬。状況が状況じゃなかったら感心するほど気色悪い。
「貴様にくれてやるものなど最早何もなくなった! 今ここで死ね! アガメムノン!」
激昂したランファルがもう一度間合いを詰め、『辻風』を放つ。
しかしこれでは前回の焼き直しどころか敵に手の内が見抜かれている以上さらに事態は悪化した。
上段に構えた体勢からアガメムノンは両手剣ブレードアーツ『アバランシュ』を放つ。
剣閃と剣戟がぶつかり合い、夜の帳に激しい閃光をまき散らす。
ただでさえ力負けしているというのに下段と上段の不利まで加わり、ランファルの剣は次第に押し戻されていく。
だが二人のブレードアーツが終了する前に決着は付こうとしていた。
原因は武装の差。ランファルたちハーフの一族はその性質上、自ら武器を作ることはできず、武装の確保を敵の中古品に頼っている。そのため武装の整備状態が悪く、武器の耐久値、この世界では命値が最大値を大きく下回るなまくらを使用している。その上イヴリースとの連戦、武器の命値は限界に近づいていた。
それに対してアガメムノンは装備全般が特注品、剣を摩耗させやすいパワータイプの二人の攻防は当然のようにアガメムノンの勝利に終わる。
他の要因がなければ。
ピキィ
という異音が聞こえる一瞬前、二人のブレードアーツのぶつかり合いに剣を挟み込み、半ば強引に横に軌道を捻じ曲げる。腕のすべてが痺れるほどの馬鹿力。こんな攻撃をランファルは受けていたのか。
逸らされた大刀は地に大穴を穿ち、衝撃を周囲に撒き散らす。
「危ねぇ危ねぇ。ついうっかり殺しちまう所だった。ありがとな、お嬢ちゃん」
先のアガメムノンの一撃は殺すつもりで放たれたものでは無かった。彼の目的はランファルの凌辱。そのためには彼女を生かして捕らえるしかない。
故にあれはまだ本気ではない。それなのにイヴリースを吹き飛ばす程の一撃の威力を持つランファルの居合が2度も敗北した。化け物みたいなパワーと威力、そして自信。この大男にはそれが備わっている。
「くっ…そんな、前の襲撃時でもここまでの力は無かった筈だ…」
「そりゃああん時は3人ほど相手してもらってからだったしな。でも今回は一日半もシコんの我慢してっからよぉ、もうギンギンなんだっての」
今のボクが知るところではなかったがこの世界では意志の力がブレードアーツの威力に直結する。
ボクが仮想世界で培った経験値、ランファルは居合に限定した修練と研鑽を剣に乗せているとしたらアガメムノンは性的欲求が力のルーツになっている。
性的欲求が剣の力というと間抜けに聞こえるが、性欲は人間の三大欲求の1つ。シンプル故に最もヒトの本能に近く、出力を引き出しやすい根源的な力だ。
中途半端な誇りやプライドならその力の前に砕け散るだろう。最悪な事にランファルはアガメムノンのストライクゾーンど真ん中。
彼の性的興奮は絶頂にも近く、今までで1番強い状態で彼に鉢合わせてしまったのだ。
対抗手段を探す。ギンギンに勃起したアガメムノンの剣を止められるものは数秒といえランファルの抜刀時のみ。
だが性質上”引き斬る”刀と”叩き斬る”バスターソードでは相性が最悪だ。最初から強度というものが違う。さらに耐久値がかなり削れて折れかけの刀では次にぶつかったら瞬殺される未来が待っている。同じ展開を繰り返しても焼き直しにすらならない絶望的な状況。
付け入るスキがあるとすれば敵はボクたちを殺す勢いで斬撃を撃てないこと。殺してしまっては意味がない敵に対してボクたちは全力を出せるといったくらい。それもいつまでもつか、激昂されればどうなるかはわからない。
「ウィン、ジョー、ユウキ、できるだけ多くの仲間を連れて逃げてください。奴の狙いは私です」
ランファルは時間稼ぎのために残ろうとする。
目的が救出である以上彼女の判断は間違っていない。ただし彼女に時間稼ぎは実現不可能な点を除いては。ランファル一人では恐らく時間稼ぎにすらならない。そういったことはアルファルドが上手そうだが、生憎彼はここにはいない。ボクたちだけで何とかしなければ。
「お嬢!」「しかし……」
部下二人は命令に従うのに躊躇して硬直する。逡巡するジョーと判断できないウィン。
彼らはまるでフリーズでもしたかのように動きを止める。
まずい。ボクが何とかするんだ。
「はああぁ!」
この場の空気を完全に無視して速攻でアガメムノンに袈裟に斬りかかる。
防がれはするがブレードアーツは未使用なので技後の硬直がない。即座にサイドステップで回り込んで横薙ぎ、躱されても懐に入り込んで切り上げに繋げる。連携、連撃技。
一度攻勢に入ってしまえばパワータイプは攻め手を失う。足を止めたらそれでおしまいだ。角度と視野を限界まで広げて多角的な方向から斬りつけにかかる。
「糞、ちょこまかと……いい加減止まりやがれ!」
「硬ったいんだよ! いい加減に切れろ!」
罵倒には罵倒で返す。
闇の中でも輝くように光を反射する鎧は非常に硬い高級品。店売りの今の剣じゃ分厚い装甲を貫通して中の肉体を斬ることができない。それでも動く。アガメムノンの周りを反時計回りに回るように位置を変え続け、鎧どおしを狙う。
敵もそれが分かっているのか性質上装甲の薄い関節部分だけはしっかりと守っている。
だが同時に攻めに来ない。これでなんとか戦える!
ガジャルグの町の道中、アルファルドと話していたことを思い出す。
「ボクが聞くのも変な話だけどさ、どうしてあんなにあっさりハーフの一族を救うって決断したの?」
確かにランファルはアルファルドを取り込める材料を提供し、ボクも助けたいって言ったけれどもこの作戦のリスクだって高いことには変わらなかった。だから気になって理由を聞いてみた。
「いや、本当は了承するふりして案内させた後フィーネを回収して連中は見捨てる予定だったぞ」
「え?」
帰ってきたのは予想外すぎるほどに外道な回答。あまりのえぐさに何にも言えない。っていうかこの人そんなこと考えていたのか。
「攻撃班の俺はともかくとして突入させるのが実戦経験の少ないお前と貧弱装備のランファルたちだからな。リスクが高すぎる。正直最初から乗り気じゃあなかったよ」
「じゃあなんで決行に移したの? 裏切れるタイミングなんていくらでもあったよね?」
今の話が本当ならアルファルドはいつだって逃げることができた。フィーネをエルナ村に返した時点で彼の目的は達成されたもお同然だったんだから。
「そんなことしたらお前が一人で突っ込んでいかないか心配だったからだよ」
「やだなあ、そんなこと……するかも」
「はぁ、じゃあ正解だったな」
たとえ無茶でもボクは戦うことを選んだかもしれない。それがどんな無茶でもやらなかったら後悔するだろうから。
「それで?まだあるんでしょ、理由」
「まあな。一連の黒幕に落とし前つけさせたかったてのもあるが一番はランファルが素人だったからだな」
「素人?結構強いよあの子」
ランファルは結構強い。戦場に出る前にお互いの戦力を把握しあったけれどもあの居合の速度とキレは並大抵のものじゃない。今まで戦った中でも最上位クラスの実力者だ。
「剣術の話じゃねえよ。交渉してる時に分かったがアイツは子供なんだよ。外の世界を知らずに育って戦場も知らずに生きてきた小娘に過ぎない」
ボクからすればランファルはかなりのしっかり者だ。リーダーシップも取れているし、この状況の重圧にも負けていない。
「だからあっさりとフィーネの居場所を吐いたりあっさりと俺たちを信用したりしてたんだ。あの時は拍子抜けしてたんだぜ」
そういって笑うアルファルド。それは嘲笑というよりは懐かしいものを見るような笑顔だった。
「じゃあ君は同情してたの?」
「いや。世界に悲劇なんてごまんとある。同情なんて機能は俺にはないよ。ただ覚悟のない子供を死ぬ前提の作戦に放り込むってのが気に入らねえだけだ」
覚悟のないものを戦場に投入する。アルファルドの言葉は本気でそれを憎んでいる言葉だ。そしてそれを実体験してきた重みのある言葉。いったいどんな人生をこの人は送ってきたんだろう。
そしてアルファルドは腰に装備した剣を渡してくる。
「これは?キミが使わなくていいの?」
「お前のほうが上手く使えそうだからな。やるよ」
「それだとキミの剣が無くなっちゃうけど構わないの?」
「そっちのほうがいいって判断した。直接助けに行けない俺の代わりにそいつで皆を守ってやれ」
突き出される拳。信頼の合図。このひとはきっとボクを一番信用してくれているんだ。
「任せて。キミの代わりにボクが戦って見せるよ」
信頼の証に拳をぶつけて応える。
正直アルファルドのいったことはよくわからなかったけれどもこれだけは伝わってきた。
————俺の代わりに皆を守ってくれってことを
先手を取り、連撃で攻め続ける。ボクなら鎧を貫通できなくてもランファルならできる。だからこそ敵はボクに十全な注意を裂くことができない。だから一方的に攻め続ける。
けれどもこれは薄氷の上でダンスを踊っているようなものだ。少しでも反応が遅れたり足が止まったりしたらそこまで。向こうの攻撃を止める手段がない以上照準を定められた時点で終わりの超高難易度。それにこっちの攻撃はダメージを与えられているかも怪しい。
今の装備はアルファルドの日ごろの整備が行き届いているのか、耐久値は十分にあるし切れ味だってなかなかだ。その連撃はアガメムノンの頑強な装甲を少しづつ切り裂いていった。
だが決定打が足りない。相手の鎧の強度を貫通するにはブレードアーツが不可欠だ。
だけどブレードアーツを使えば足が止まって機動力を失ってあの力に捕らえられる。
状況は圧倒しているように見せかけて実際のところボクの機動力が落ちるか鎧の耐久値が削りきられるかという消耗戦になっていた。
「はぁ! やぁ! せい!」
一見ボクが優勢と見るやジョーとウィンがアガメムノンを挟み撃ちにする。
窮地に追い込んだのが逆にまずかった。
肉を切らせて骨を断つ。アガメムノンは横薙ぎの斬撃をわざと腕で受けて止める。剣が鎧に食い込んで中の骨まで達する感覚が返ってくるが、容易く抜けなくなってしまう。
そしてアガメムノンは片手でバスターソードを力任せに振り回す。
「俺の愛を食らえい!」
剛を極めた性剣が黄色の光を纏って逆巻く風を巻き起こし、3人まとめて両断せんと迫る。しまった、激昂させて本気にさせてしまった。
しかし、一撃でボクたち全員を両断せんとする豪嵐は山吹色の剣閃にぶつかる。
ランファルが全身全霊、文字通りの最後の一撃で一瞬だけすべてを両断する剛の剣を受け止めていた。
片腕の一撃だったのがランファルを救った。威力は前より落ちていたので刀は中ほどから無残に折れて宙をクルクルと舞い上がったものの、剣は主を守る使命を全うし、ランファルは衝撃を受けて吹っ飛ぶだけで切断を逃れる。
稼いだのは刹那の時間。しかしその時に限りその刹那は何倍の意味がある。
ジョーとウィンはその刹那に単発系ブレードアーツをもって碧色の破壊の嵐に立ち向かって二人がかりでそれを止める。
これで剣は止まり、アガメムノンは無防備を晒す。
狙うは股間から飛び出た最大の剣を納刀する鞘。アガメムノンの剛力の文字通り根源たる男の象徴。
刺さった剣を手放して腰に帯刀したスペアの剣を抜く。それはアルファルドの短剣でスペアの小太刀にして二刀目の愛刀!!
刀身は淀みない曲線を描いて抜かれ、そのまま振り下ろされる。
「やああああああ!」
アルファルドすら行わない外道手段が特注の勃起した一物を入れる鉄製のホルダーの根元に突き刺さり、アガメムノンの股間の大筒を切断した。
「ア゛────────────────ッ!!!!!!」
地を揺らすほどの絶叫が響き渡り、鉄の筒はくるくると宙を舞った。
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