第19話 敵地侵入
投擲された
無論、獣人たちとて見張りを怠っていないわけではない。彼らがキャンプにたどり着くころには獣人たちはそれなりの防備を固める余裕はあった。
だが彼らにあったのは僅かな時間的余裕だけだった。
第一に戦力の3分の2がエルナ村の制圧に向かっていること。
第二にアルファルドが敵の正確な位置とそこに行くまでのルートをランファルから教わっていること。
そして何より彼らは敵に回してはならないものを敵に回したことだ。
アルファルドはカーラーン皇国の歴史上もっとも若くして傭兵としての『青』等級を取った男。
この世界では多くの傭兵たちがより強力な剣術や槍術をもって敵を倒そうとするのに対し、アルファルドは
その結果開発されたのがくるみ割り爆弾こと
粉塵を風属性魔術で制御して敵の視界を奪い、着火してまとめて焼き殺す。
魔術そのものの威力は必要なく、凶悪極まりない火力に反比例してする
他の傭兵たちがいかにして敵を倒すかということに拘っているのに対し、彼の技術は初めから多対一を前提にして完成された技術だった。
いかにして敵の長所を封じるかに特化した彼の能力は他の傭兵たちにやっかまれたものの、ひとたび戦場に出ればほぼ無傷で結果を出して帰還する彼の姿に直接文句を言えるものはいなかった。
「敵と正面から向かい合った時点で敗北」アルファルドの哲学はその戦術に如実に表れ、いつしかアルファルドは青等級まで上り詰めた。
そもそも獣人たちは対人戦は殺害よりも捕獲を重視して装備を整えている。ゆえに彼らは集団での弓矢ややり投げなどの対多数向けの戦術には疎い。
それに対して人間側は集団戦法や密集陣形、アルファルドのアウトレンジ攻撃など対多数の戦い方にある程度慣れている。
自分より弱い者しか相手にしてこなかったものと弱い者のために立ち上がった者たちの練度の差がここに現れた。
風に乗った粉塵や破裂するクルミが敵陣を焼き尽くし、アルファルドを狙って襲い掛かる獣人たちは傭兵たちによって阻まれ集団戦法の餌食となる。
人数的には不利な戦いではあったが天秤は着実に人間側に傾いていった。
「こちらは順調。ランファルの情報のおかげでずいぶん楽をさせてもらってる。むしろ大変なのはあちらか……」
東での人間サイドの戦いはおおむね予定通りに運び、獣人たちの殲滅も時間の問題だ。
だが人間側が獣人たちを制圧するとなるとハーフの一族は確実に殺される。そうなる前にユウキたちは全員救出してこの場を離脱しなければならない。
「頼んだぞ……ユウキ」
**********************************
獣人キャンプ西の森、ボクたち救出部隊はアルファルドたちの陽動もあってかなり楽に回り込んで拠点内部まで潜入できた。
「そういえば聞いてなかったけど敵のボスってどういう奴なの?」
敵の性格を掴んでいたほうが次の行動が読みやすいかな、と思って聞いてなかったことを聞いてみる。ハーフの一族を裏で操り、エルナ村を襲撃した盗賊団の首領。
作戦そのものは多少の無理があったとはいえ無謀って程でもなかったし、ボクたちが一人でも欠けていたら撃退なんてできなかったほどの相手だ。頭の回る相手と思ったほうがいいだろう。
しかし、ランファルの回答は意外なものだった。
「一言でいうなら男性器に肉体がくっついたような人間です」
「え?」
「性欲が異常に強く、奴隷を数十人凌辱してもなお満足しないような下半身の怪物です。それに異常な怪力も有しています。正面からではほぼ勝ち目がないうえに強固な鎧も身に着けています。ユウキも気を付けてください。まかり間違っても会いたくはない人間ですね」
「う、うん。なんていうかすっごい人がいるもんだねぇ……」
ひどい言われようだ。まかり間違っても敵の大ボスなのにそんな表現をされるとは。いろんな意味で不安になってきた。
絶対にその人には会いませんようにと心から祈る。
僕の質問に答えるとランファルは今一度向き直り、ボクたちに確認のアイコンタクトをとる。
大丈夫、問題ない。気持ちを締めなおした少しあと、東の空から明るい光と爆発音が響き渡る。
「作戦、開始ぃ!」
アルファルドの交戦開始の合図。それと同時にランファルは号令を出し、ボクたちは潜伏場所から走り出す。
エルダー大森林はとても広くて深く、内部の闇鍋のような戦況も相まってか地図が作られておらず、結果獣人の大規模な戦略拠点やハーフの一族のような小規模集落ができても気づかれにくく、補足が難しい。
つまり人間側が獣人を補足しづらいということは逆もまたしかりだ。
獣人たちもまた、ボクらの居所を掴みづらい。
それに襲撃によって人手を東側に集中し、側面や背後ががら空きになる。ボクたち実行部隊の進軍は非常にスムーズだった。
だが、それも時間の問題。キャンプ付近ではすぐに犬に見つかってしまった。
「ガウ!ガウガウ!ガウ!!!」
よだれを垂れ流し、牙をむいた大型の犬2匹が左右から手荒な歓迎をしてくれる。
獣人は魔術適性が低い代わりに人間以外の動物に対してある程度の命令能力がある。
人間が牛や馬などの家畜や犬しか制御できないのに対して獣人たちは狼やイノシシ、人によっては魚でさえもある程度の単純な指示ができる。そうランファルに聞いた。
そのテイム能力によって拠点の周りに配備されていた犬たちが襲い掛かってきた。
────────────────見つかった。
「はぁ!」
静かに近づくことを諦めたランファルとウィンは剣を抜いて迫りくる犬を迎撃する。
清冽な気合とともに左の犬が切り裂かれ、右の犬は飛びかかる勢いを殺せずに剣に刺さって自滅。
かわいそうだけど割り切らなくちゃ。
「なに?もしかして見つかっちゃった?」
「そのもしかです!ユウキはまっすぐ進んでください!左右は私たちでフォローします!」
「了解!」
サイレントモードを解除して全速力で進む。
しばらくすると森が開け、キャンプのようなものが見えてくる。
「着きました!あれが我々の収容所です!」
地理の授業の資料集で見たモンゴルのゲルのような建物が乱立する中、ランファルが右手のゲルを指で指す。
この混乱下、敵の姿は少ないが、見張りが一人ついている。
高速で突撃するボクたちに気付いた見張りの男は大声を出して仲間を呼ぼうとする。
「させないよ!」
全力で走りながら片手剣ブレードアーツ、『ソニックリープ』を放つ。
全力疾走に踏み込みの加速が加わり、一瞬で懐に入ると緑色に剣を輝かせて肩口におもいっきりみねうちをぶちかます。
鎖骨が砕ける感触。どうにもなれないリアルすぎる暴力の味。
それを無視して体勢を低くし、腹部を蹴り飛ばす。見張りの獣人は吹っ飛びながら意識を失ってテントに突き刺さった。
見張りのいなくなったテントの扉をぶった切って中に突入する。
人質たちは皆布切れのような服装で、痣だらけの肌を隠している。全員何かしらの動物を模した耳が生えているが、獣人たちとは違って顔立ちは人間のものが多い。
いかにも獣人らしいような顔立ちをしている者たちもいるけれどもボロ布のしたからところどころ体毛が薄い印象を受ける。
……ランファルの言っていた通り女性や子供が多い。男性もいるけれども全員若者か子供。これがハーフの一族の実態か。
全員鎖や縄で動きを拘束されている。猿ぐつわをかまされて体中に唾液が付いていたり体表が体液まみれで不衛生で酷いにおいだ。
でも全員衰弱しているが息はある。
よかった、程度はともかく命だけは無事だったみたい。
乱暴極まりない扉の開け方に多くの人が怯えるけれどもそうも言っていられない。時間がないんだ。さっさと全員解放して帰らないと。
「皆、拘束の解除を!」
遅れてランファルたちが突入してくる。ジョーは錠の鍵を探し出し、ウィンは縄の拘束を切断し始める。その時、また大きな爆発。まずい、アルファルドのいる本隊が迫ってきている、時間がない。
けれどもその爆発からは嫌な気配がした。
もう一度起きた爆発で一瞬だけ照らされることでテントに映る黒く巨大な影。
「避けて!」
まずい、何かが来る!
テントを貫き落ちてくる、ジョーの首を落とさんと迫る肉厚の鋼の刃。骨組みや繊維を切り裂き、それでも勢いは止まらずに振り下ろされるその刃をすんでのところで剣で弾く。
すさまじい衝撃。手のひらが痺れて痛い。テントが緩衝材になってくれなかったらガードの上から斬られていた。
「良い反応。んーーー勃起♡」
ガシュガシュ金属音を立ててテントを切り裂き姿を現したのは全身に重厚な鎧を身にまとった馬の顔をした大男。
なるほど、ランファルの言っていた通り気色の悪い恰好をしている。
今までにあった敵兵より上等な装備をしていることから幹部クラスに見えるが、股間部分からホルスターのようなものが伸びている。男性器に肉体がくっついたような男とはいいえて妙だ。単純に気持ち悪い。
空気も読まずボクたちの前に立ちはだかったのはは彼女たちを穢しに穢し尽くした盗賊団の首魁、アガメムノンだった。
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