第17話 再会と同盟

「ふぁ~~~~~あ。うう~~、ねむ~~い」


 静寂と闇が支配する深い森の中、場違いなあくびが響く。

 村から出て20分が経過した。

 現在午前0時15分。午後8時のランファルたちの夜襲からリカードのお説教、ランファルの尋問と特濃にもほどがあるほど濃い一日だ。これでこの世界にきて3日目なのだから勘弁してほしい。

 ボクはわりとロングスリーパーだから連戦を繰り返した挙句にこんな時間まで起きていることは結構つらい。

 自分で選んだ道とはいえこのままだと徹夜コースは確定だ。

 ランファルの隠れ家が村から徒歩で30分ほどの距離にあるらしいが、夜道だとさらに時間がかかる。負傷したランファルを連れたペースでいくと帰還したら夜が明けるだろう。


「これが終わったら豪勢な飯にするからあとちょっと頑張れ。徹夜明けのごちそうってのは体に悪いが脳みそには最高なんだ」


「うう……消化のいいものがいいな」


 このパーティーで唯一アルファルドだけが元気だ。彼も連戦の疲れはあるだろうに全くそのそぶりを見せない。

 実戦経験の差、もしくは肉体的な鍛え方の違いか。最も激しい戦闘彼の場合は戦争クラスをしたのは間違いなく彼なのに最も消耗していない。恐ろしい男だ。


「了解した。っつてもパンとスープくらいしか用意できないけどな」



 村から30分ほど歩いただろうか。針葉樹林だった世界は一変して竹林へと姿を変える。月明りが差し込みやすくなり、いくらか視界がよくなる。

 現実世界のものとなんら変わりのない竹林だ。背の高い竹がいくつもランダムに並び、足元には笹薮が生い茂っている。


 竹林をしばらく進むと4mほどの崖が道を塞いでいた。その崖の一部にランファルは近づき、地面を掴んだ。

 ランファルの腕が引かれると、地面にカモフラージュした布がめくられ、地面だと思っていた部分から横穴が現れた。


「なるほど、これが隠れ家か。見たところ天然ものじゃないな、人力か魔術で掘ったのか。すげえな」


 さしものアルファルドも感心している。地面にカモフラージュさせた秘密基地。

 斜めに穴が掘り進められ、奥までは見えない。穴はかなり奥深くまで達していて、確かにあの実行部隊全員なら何とか収容できそうだ。だが居住性はかなり悪そう。足元にはダンゴムシに似た何かやムカデっぽい生き物がわんさか蠢いている。ここに棲むのはボクは勘弁したい。

 だがあのカモフラージュがあれば誰にも気づかれない極めて隠密性の高いアジトだ。これならアルファルドの目をかいくぐってトンネルだって掘れるかもしれない。


「ええ、その通りです。我々、脱走経験者が多いため穴を掘ることは得意なんですよ」


 自虐なのか自慢なのか判断に迷う発言である。

 横穴を2mほど進むと石の壁が行く手を塞いでいる。奥から衣擦れの音や明りが漏れているのでこの奥にフィーネとランファルの仲間たちがいるのだろう。

 ランファルが石壁を拾った石叩くと奥から声が聞こえてくる。


「金に」

「半月」

「空に」

「ニワトリ」

「星の数だけ」

「毛が抜ける」


 よくわかんない暗号らしきやり取りが終わると石の壁が動き出し、半獣人が出迎える。

 男性としては小柄な痩せぎすの男だ。若々しさは感じられず、毛も所々禿げている。頭頂部にはイヌのような耳がついている。

 ランファルほど人間に近くはなく、鼻先が黒くて口からは犬歯が覗く。

 戦士というには少しばかり頼りない体格だ。ハーフの一族の背景からするときっと栄養状態も悪かったんだろう。


「おかえりなさい、お嬢。ってなんですかこいつらは!っていうかほかの皆は……」


「ただいま、ジョー。気持ちはわかりますが抑えてください。これから大事な話があります。彼らを通してください。それと、人質の解放を」


「了解です」


 聞き分けよくジョーと呼ばれた男が奥へと向かう。ランファルに続いて進むと猿ぐつわと縄から解放されたフィーネがアルファルドに抱き着いてきた。


「アルファルドさん!私、私────────っ」


「無事でよかった。ケガはないか?」


「はい。でも、でも────────────────」


 声にならない嗚咽を漏らし、フィーネは端正な顔をぐちょぐちょに濡らしてアルファルドの胸に顔をうずめる。

 ────────やっと取り戻せた。

 アルファルドは今日初めて見せるほっとしたような表情でフィーネを抱き留め、頭を撫でる。

 ボクのときもこうして慰めていたんだと連想したら顔が熱くなってきた。それ以上に目がしらのほうが熱かったが。

 これでエルナ村の襲撃事件はすべて解決した。人的被害は0。物的被害は少々あったものの(大体アルファルドのせい)エルナ村は完全に守りきれた。


 そしてこれからはボクたちのエクストラステージだ。

 ハーフの一族を救ってこの国境線一帯に巣食う盗賊団を壊滅させる、思惑の交差こそすれボクたちの志は同じだった。



 ────────────────


「お嬢!それは……」


「ジョー、それでも私たちは手段など選べるはずがないのです。わかってください。」


「くっ……ですが……」


「ですがも何もありません。手段など選べる場合ではないでしょう」


 感動の再会の中、ランファルは二人のハーフの男に事情を説明していくれていた。

 ジョーと呼ばれた痩せぎすの犬の男ともう一人、ハーフの中では最も野性的な見た目をしている比較的大柄な青年はランファルの下した判断に思い悩んでいる。

 彼らだって同胞を殺した敵の力を借りることなど絶対にしたくないだろう。実際にボク以外の戦闘メンバーは一人ずつハーフの人を殺している。アルファルドは教会を守っていた人を。イヴリースは奇襲で突き殺した人を。

 彼らとてこの共同戦線は想定外の上の苦渋の決断。

 そんなことを承知の上でアルファルドは極めて有効的な笑顔でジョーに話しかける。すごく面の皮が厚い。


「事情はランファルから聞いてるな。儲け話を耳にしてあんたたちに協力することになったアルファルドだ。よろしく」


「私が言うのもなんですけど今まで殺し合ってきた相手によくそんな簡単に握手とかできますよね……」


「生憎殺し合ってきた相手と一緒に飯を食うなんて日常茶飯事でね。それに負けてすぐ寝返る君が言うのかそれ」


 ランファルの突っ込みもどこ吹く風、アルファルドはその分厚い面の皮をはがすことはなく友好的な態度で声を荒げたジョーと呼ばれた男に手を差し伸べる。

 恐るべきはそのビジネススマイル。一ミリも表情筋が揺らいでいない。


「お前のような得体のしれん男に……っぐえ!」


 強硬な態度をとるジョーだったが、横からランファルの折檻という名の肘鉄があったのか、続く言葉は言うことは無かった。


「何すんですかお嬢!」


「正体も思惑も分かりませんが彼が唯一の希望の星です。あまり失礼な態度はとらないように」


「……すいません」


「謝る相手は私ではないでしょう?」


 お嬢のお叱りが効いたのか、ジョーは渋々アルファルドの手を取る。


「ジョー・マックマートだ。まぁ、なんだ。これからはよろしく頼む」


 隣の半獣人の男も続いてアルファルドに応える。


「ウィン・レイラムです……よろしくお願いします」


「ジョーとウィンだな。よろしく。安心しろ、出世払いとはいえお前たちのリーダーは俺の雇い主でもある。一緒に助けに行こうじゃねえか」


 握手が交わされ、同盟が結ばれる。

 それはこの世界で初めての獣人と人間の共同戦線だった。


「それで、まず現状を整理しておきますと────────────────」


 地上に出て、一党はランファルの司会の下、作戦会議はつつがなく進行していた。

 といっても現状はアルファルド家で練った大まかなプランを伝えるだけで本当のところはこれからだ。

 同席しているのはアルファルドとボク、それにハーフの一族のジョーとウィン、それになぜかお嬢とよばれているランファルに、なぜかフィーネだ。

 彼女にしてみればボクたちの都合で自分を拉致しようとした人たちを治療しているわけで、心中穏やかではないのだろうけど、アルファルドの言葉には従ってくれた。

 教会で会った時もそうだったが、彼女にとってアルファルドは重要な存在なのだろう。


「それで、私たちは明日の夜に我らの同胞を彼らと協力して助けに向かいます。皆様、何か質問はありませんか」


「一つ聞いて言いですか、お嬢」


「なんですか、ジョー」


「作戦失敗がバレるほうが俺たちが戻るより早くないですか?あの大部隊じゃあ帰還に確かに2日はかかりますけど俺達には監視役の3人がいたでしょう」


「なっ……!」


「気づいてなかったんですか? お嬢。我々には初めから3人の監視役がついていましたよ」


 ハーフの襲撃部隊にはあらかじめ監視役がついていたのか。だったらあの大部隊が拠点に到着するより監視役が馬などを使って報告したらおしまいだ。

 しかし、その心配もアルファルドの挙手によって杞憂に終わった。


「問題ない。お前らの言っていた監視役は俺があらかじめ殺しておいた。3人なら数はあってる。これで報告役は全滅だ」


「本当ですか!?」


 薄暗い横穴の中がどよめきだす。この人そんなこともしていたのか。


「ああ。お前らを追ってトンネルから出たときに功を逸って襲い掛かってきやがったから拷問してやった。ロクな情報を吐く前に壊れちまったがな」



「それに俺の術一撃ではあの大部隊は全滅こそしなかったが多くの負傷兵を出したはずだ。連中の魔術適性を考えると帰還にもかなり時間がかかるとみていいはずだ。それに本隊に騎兵はいなかったからな。2日どころか3日かかるはず。ネックはむしろこっち側だな」


 別に先を見越してやっていたわけではないのだろうけどアルファルドの行動は今現在かなりのアドバンテージを稼いでいた。

 対獣人においてはこれでかなりの時間的な余裕が生まれたが、人間側がネックだ。

 あちらには時間的猶予がない。


「では足はどうするのですか。ここからでは我々も徒歩でしか向かえませんが」


「足は馬車を用意する。エルナ村で借りていけば半日かからん」


「ありがとうございます。他にだれか」


 おそるおそる手を上げたのはフィーネだった。


「あのう、アルファルドさん、これって私が聞いても大丈夫な話なんでしょうか……」


 彼女にとってはアルファルドは敵に手を貸している状態、悪く言えば裏切り者だ。

 それを目の当たりにできるほど彼女はこの特異な状況に適応できていなかった。


「おう。そうだな、忘れてくれ」


 アルファルドの回答はあっさりしすぎているというかかなり適当だ。

 流石に納得ができなかったのか、彼女は治療を中断し、アルファルドを弾劾する。

 その剣幕にジョーとウィンが剣を抜こうとするが、ランファルがこれをいさめた。


「どうしてですか! 急にこの人の傷を治せって言ったりそれにこの人たちを助けるなんて、何を考えてるんですか! 答えてください!貴方は獣人たちの仲間なんですか!!」


 フィーネの発言はもっともなものだ。

 この世界では獣人と人は敵。彼が獣人に利するということは裏切り行為といっても過言ではない。

 この世界ではユウキやアルファルドのほうが異端なのだ。


「別に連中に利するわけじゃない。むしろ逆できっちり落とし前を付けに行くつもりだ。そのための戦力としてこいつらを利用する。こいつらもこいつらで俺たちを利用する。これはそういう関係なのさ。この件が終わった後もこいつらは俺の管理下に置くことにしたしこいつらも承知している」


「ですが!」


「こいつらの力でより多くの獣人を殺せる。それは将来的に俺たちの得になるんだ。分かってくれるな」


「半獣の力を借りてもですか」


「ああ。俺単体の戦力はそこまで高くない。だから利用できるものは利用したいのさ」


 アルファルドの言い分というか懇願に納得したのかしていないのか、フィーネは渋々下がり、口を閉ざした。


「すまないな、フィーネ。俺の勝手に付き合わせちまって。後でなんでも言うこと聞いてやるからさ」


「言質、取りましたからね」


「ああ。約束する。といっても俺にできることに限らせてもらうが」



「では、ほかに何か質問、意見はありますか。」


 少しばかりの沈黙ののち、ランファルが会議を再開する。

 お嬢と呼ばれているだけあるのか、彼女は人の上に立つことにそれなりに慣れている。

 この空気を変えてくれるのは非常にありがたい。


「それじゃぁ、質問いいかな? アルは傭兵として戦うわけだけどボクらとの連携はどうするの?」


「俺がギルドで情報収集するからユウキは伝令役。こっちの戦闘が始まったらお前らはサイドから回り込んで救出に向かってくれ」


「わかった」



 その後もいろいろな議論が続き、1時間ほどたってランファルの治療が済み、会議は解散した。



 アジトからの帰り道、フィーネとアルファルド、そして表向きは捕虜のランファルの4人で森を歩く。

 ハーフのランファルとフィーネが同席しているせいで行きより空気が重い。

 静寂の森の中足音だけが響いている。

 それに耐えられずに、フィーネに声をかけてみる。


「ねぇ、このあとアルに何をお願いするの?」


「ふぇ!、え、えっと……どうしましょうかね……」


 妙な考え事をしていたのか挙動不審なリアクションが返ってくる。

 本当にどんな要求をしようとしたのだろうか。


「本当に大丈夫なお願いなんだよね……」


 うすうす彼女のアルファルドへの好意に気づいているがゆえに心配になる。


「大丈夫です! 私、修道女ですから! そんなふしだらなお願いはしません! ええ!」


「ふしだらなお願いなんてボク一言も言ってないんだけどな……」


 この人、ちょっとアレかもしれない。

 ますます気になってくると同時に現在進行形でアルファルドと同棲している身分としては不安になってくる。

 彼にとっては役得だろうけど。


「まぁそこまで言うなら聞かないよ。ってか聞いちゃいけない感じがするし……」


「いえ、そんなんじゃないんですよ。もう決めてありますから秘密なんですよ。」


 フィーネは顔を近づけて耳打ちしようとする。

 その女性っぽい仕草に同棲ながらドキッとする。いいなぁ、アルファルド。


「────────────────」


 答えはなんてことのないものだった。


「えー!?そんなんでいいの?もったいない」


「これでいいんですよ。これも私の望みでしたし」


「もうちょっと欲張ってもいいんじゃない?アルは数を指定してなかったんだし」


 いじらしくなってちょっといたずらする。後で彼がどうなるか楽しみだ。


「そうですね。二つ目も考えますか。ユウキさんは何がいいと思います?」


「そうだなぁ、デートの約束とかは? アルは今フリーみたいだし」


「そそそそそそんなぁ! 私にはとてもとても!」


「大丈夫、大丈夫。ほら、こういうのは実行あるのみだよ!」


「そ、そうなんですか?」


「そうだよそうだよ! ほら、勇気だして!」



 ボクたちは気づかなかったが、アルファルドはそんな姦しいガールズトークを全力で記憶から抹消しようと努力していた。



 エルナ村に到着した後に牢にランファルを(表向きのポーズではあるが)縛り付けた後、フィーネをイヴリースの下に送っていった。

 イヴリースの傷は深く、ヒーラーのフィーネがいなかったため自宅療養中の上、彼女を例の作戦に同行させるのはできないが、それでも大事な仲間だ。

 玄関の呼び鈴を鳴らして待つとすぐにイヴリースが出迎えた。


「はいよー全くなんだこんな時間に……」


 相変わらず受付嬢とは思えない態度でドアを開けたイヴリースはドアを開けきる前にフリーズした。


「────────────────」


「えっと……ただいま?姉さん」


 30秒という無駄に長いフリーズから解放されたイヴリースはこの時間に発しては公害になるほどの叫びをあげた。


「ふぃいいいいいいいいいねええええええええええええ!!! じんばいしだんだよおおおおお!」


 何を言いたいのかは解るが何を言っているのかはわからない言葉とともにフィーネに抱き着くイヴリース。

 途中で「ゔっ」という(傷が開いたのかもしれない)音が聞こえた気がする。

 勢いあまってフィーネごとボクに倒れこんでくる。


「大丈夫?ケガしてない?連中になんかヤなことされてない? ああ、でもフィーネの体に我慢できる男なんて……!」


 そこにいつものやさぐれヤンキー受付嬢の面影はなく、一人の姉の姿がいた。

 が、その後の彼女の心配はエスカレートした。

 傷の痛みや周りの状況をを完全に無視して今度はフィーネの服がはぎとられていく。

 ハーフの一族がやっていなかったえげつない行為がよりにもよって実の姉によって行われていく。

 問題なのは同行しているアルファルドだ。振り向くとさすがに空気を読んだのかそっぽを向いているものの、わずかに顔が赤い。


「ちょっと姉さん、いまアルファルドさんいますから!」


「やめなよイヴさん、アルがいるんだし。」


 ふたりがかりのユニゾンした静止が効いたのか動きを止めて自分の行動を振り返るイヴリース。

 途端、暗闇でもわかるくらい赤面する。


「す、すまねぇ。アル、ユウキ、上がってくか?」


「残念ながら遠慮しておくよ。お前らも疲れただろ。ゆっくり休め」


 取り繕おうとするイヴリースの誘いをやんわりと断りアルファルドはさっきのことは見ていなかったとばかりに踵を返す。


「それじゃあな。お前がいてくれて助かったよ。おやすみ」


 後ろ手に手を振りながら帰還するアルファルドに続く。


「それじゃあね!おやすみ!」

「「おやすみ」」


 二人仲良く揃って別れの挨拶が返ってくる。

 姉妹っていいな。この世界にきて知り合いがいなくて不安だったが、この姉妹を見るとほっこりする。

 関係と性格は真逆だけど姉ちゃんがいたころを思い出すのか、結構親近感がわく。

 そんな郷愁を抱いてアルファルド家に戻って明日に備える。

 さあ、明日は大変になる。気合を入れていかなくちゃ。

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