第16話 回復の治療

 アルファルドとランファルの交渉は成立。

 正直これから連戦が始まる。体力的には問題ない。今回の襲撃でケガをしたのはイヴリースだけ。

 敵50以上相手にたった3人と青年団の村人たちでほぼ無傷で勝利したって結構ボクたち凄いことをやっているのではないだろうか。

 痛覚の存在するこの世界で戦うのは不安がないわけではないが、もう既に2回も乗り越えた身だ。

 楽観しているかもしれないが、あれが獣人たちの平均的な実力ならタイマンか二人くらいなら何とかなると思う。

 それに本当のところ、ランファルの一族を救いたい。やる気も元気もはつらつだ。


「それで、敵やお前らのお仲間の位置は一体どこだ?」


「ガジャルグの近くに住んでいました。いまや奴らの拠点に成り下がりましたが。」


 ガジャルグ、どこかで聞いたことのある名前だ。そう昔のことじゃないはず。


「ガジャルグってどこだっけ?」


「ここから北東にある国境警備のための防人の町だ。応援要請があったところでもある」


 ああ、この前言っていた応援要請が来ているっていう場所か。


「どういうことですか?」


「おそらくは獣人たちがお前たちを襲ったことで大体の居場所がガジャルグの傭兵にバレ、その調査の応援要請が俺のもとに来ているんだ。まさかキャンセルした予定が復活するとはな・・・」


 予想以上に複雑な状況になってきた。戦況はランファルたちを襲った獣人たちとアルファルドがともに戦うはずだった人間の傭兵部隊、そしてボクたちとハーフの一族の三つ巴を呈している。

 獣人たちは人間の撃退、人間たちはキャンプの部隊の制圧、そしてボクたちはその混沌としたな状況下でハーフの一族を救出しなければならない。かなり難しいミッションだ。


「これ、予想以上に大変なことになってない?」


「逆にチャンスだともとれる。エルナ村の襲撃作戦失敗がばれるのは時間の問題だし、ガジャルグの傭兵たちが動けば獣人共の目はそっちに向く。俺たちはそのどさくさに紛れてハーフの一族を回収すればいい」


「どさくさって……まぁ確かにそんな考えもあるよね」


「そうそう、無理矢理ポジティブ」


 確かにこの戦力ではあの集団の大本を相手するのは無理だ。

 たしかに敵の敵がいることは状況が楽になるだろう。しかしそんな大乱戦の中でどうやってハーフの一族の一族を救出するんだろう?


「救出はお前らとユウキでやってくれ。俺は表向きは傭兵部隊として参戦してお前らの脱出ルートをさりげなくサポートする。保護と脱出はお前らの手にかかってる。頼んだ」


「なるほど、貴方にも表向きの立場がありますからね、表立って私たちの味方はできないのでしょう。それに人間側の情報を把握する必要がある。わかりました、自分の仲間は自分で助けます」


「ボクもいるからね。まっかせて、きっと皆助けて見せるから」


 向かうは北東、ハーフの一族を救出し、この事態の元凶を叩きに行く。

 新たな戦いがまた始まる。




 大まかな概要が決まった後、アルファルドが何らかの物資の補給を始めていた彼の戦闘スタイルからして結構消費が激しタイプなのだろう。

 特にあの正門での爆発、雲炎爆粉ウンエンバッコという魔術はそのデタラメな火力からして結構コストがかかるに技らしく、それゆえアルファルドはその補充をしなければならない。

 その間にボクはランファルの応急治療にあたる。彼女も大事な戦力だ。

 本格的な治療はフィーネにしてもらうらしいが、その前に動いて悪化しない程度の応急処置はしたほうがいいとのこと。


「大丈夫? 痛くなかった?」


「問題ないです。私は戦士として戦場に立つにはあまりにも未熟に過ぎ、こうして生き恥を晒している。あなたの前で言うのもなんですが無様ですね、私」


「全然無様じゃないよ。今生きててこれからも生きる意志があるんならいくらでも生き恥は掻いていいってボク思うんだ。失敗したって生きてれば取り戻せるものはあるんだし」


「……そうですか。貴女には不本意でしょうが今日、貴女に会えてよかった」


「はは、なんだかくすぐったいなぁ。それじゃ始めるね。初めて使う魔術で申し訳ないけど」


 うろ覚えの呪文を唱えるとの手のひらから白く光る光の玉2つが出現し、続く呪文ともに青と緑に色が変化たのちに光が拡散してランファルを照らす。

 ランファルは力なく笑ってその碧色の光を眺めていた。



 本当のところ、ランファルは作戦が失敗して仲間の多くが死に、一族の全滅が確定したにもかかわらず降ってわいたように敵だったアルファルドの助力を得られた時、自分が持ちかけた話しながら耳を疑っていた。


 歴史上ハーフは人間、獣人双方から差別され、疎まれ、迫害されてきた、実際にランファル自身、それを受けてきた身。

 だからユウキやアルファルドのような人間と会うこと自体ランファルにとって初めての経験だった。

 それに、魔鉱石の情報だけではアルファルドが味方になる可能性は低かった。

 魔鉱石の情報そのものが嘘だと言われればそこまでだし、情報だけ吐かされて終わることやアルファルドがハーフと組むリスクを恐れて決裂する可能性だって大いにあった。

 彼がそれをしなかったのは彼だけに見られる平等性と正門火災の借金のせいだろう。

 それにユウキの存在も大きかった。

 アルファルドがランファルの提案を呑んだのはユウキが自分たちを救うことを望み、それに応えたからに過ぎない。

 経験したことのない優しさと幸運を手にしたランファルは現実感が持てなかった。

 これからが本番のはずなのに情けないと自分でも思うのだが、思うように四肢に力がはいらなかった。



 かなり脱力したというか覇気が無くなってしまったランファル。

 そんな彼女を見かねて声をかけてみた。


「ねぇ、ランファルさん、一つ聞いていいかな?」


 少し遅れて弱弱しく返答が帰ってくる。

 本当はこっちが彼女の素の表情なのだろう、辛い環境と長の子としての責任を背負っているものの、彼女もまたボクと同じ女の子だ。

 女の子一人の背中に複数人の命は重過ぎる。


「は、はい。なんでしょう」


「生き恥は掻いちゃダメなのかな?」


 一番気になったことを聞いてみる。騎士や戦士みたいな考え方なんてできないし、ボク自身かなり生への執着が強い。

 だからわからなかったのだ。生きることを諦められることを。


 返答はなかった。だからボクは続けて話す。


「ボクもさ、いつ死ぬかわかんない時も友達だと思ってた人たちがくるっと手のひらを返して差別された時もあったんだ。でもね、死のうなんて一回も思わなかった」


「ユウキ、貴女は……」


 口が勝手に言葉を紡ぎだす。なぜかこれだけは彼女に言いたかった。


「ボクはさ、今生きててこれからも生きる意志があるんならいくらでも生き恥は掻いていいと思うんだ。失敗したって取り戻せるチャンス、生きていればいくらでもあるんだから」


 正直自分でも自分が何を言いたいのかわからない。

 ただ、大切な人がまだ生きているのにそれを投げだすってことは違うと思ったから言葉が勝手に口から出た。ただそれだけだった。

 そうだ。確かに闘病の苦しみも、無菌室から出られない不自由もつらかったし、何度も投げだしたいと思った。

 それでも死にたいなんて一回も思ったことはなかった。

 自分から出た言葉に気付かされる。

 ボクがランファルを救いたいと思ったのは憐憫からではなく、大切な家族を一度諦めた諦観を、理不尽な理由で差別されるこの世界を、ボクはただ気に入らなかったんだ。


「……そうですね。ありがとうございます。ユウキ、貴女は強い人だ。」


「ボクは全然強くなんてないよ。今だってアルファルドに頼りっきりだし、とてもじゃないけど一人で生き抜ける自信はないんだ。ただ生きてたいだけ」


「そうですか。ですが私はそれが貴女の”強さ”だと、そう思います。」


「ありがと。それじゃあいくね、『わが手に光を』────」


 二回目のトライ。治るように祈りを込め、さっきアルファルドが詠唱した呪文を唱える。

 祝詞のりとは前よりも力を持ち、強い光とともにランプの明かりしかない部屋を照らした。

 手を離すと多少の腫れが引いた程度の結果に終わる。

 初めての魔術だったが効果がアルファルドより出ている。彼、本気で才能無いんだ。と思うと少しおかしかった。

 その後も繰り返し同じ行動をしたが、ここから4回目のトライで魔術が使えなくなった。


「あっれー?どうして発動しないのかな? もしかして噛んだ? それともMP切れ?」


「そのMPというのは分かりませんが多分ここの天使の力テレズマが切れてしまったのでしょう」


「ああ、使い切っちゃったんだ」


 この世界の魔術は色々と制限が多い。

 アルファルドが出した竜巻も見た目はすごいものの、殺傷力は乏しい。『風の刃』みたいなものは彼が言うにはできないらしい。

 それに正門の爆発にしたって技の種は粉塵爆発だ。

 便利な様に思えてこの世界の魔術は工夫しないとALOみたいな典型的な魔法ファンタジーと比較すると結構しょぼいように感じる。

 魔術攻撃のほうが遠距離攻撃できて強そうだが、それがあまり行われないということは魔術が剣より実戦に適さないからだろう。

 まぁ、その逆を行くアルファルドみたいな暗殺爆殺型魔術使いもいるが。あの人属性盛りすぎなんじゃないか?


「ごめんね。初めての下手っぴな魔術で天使の力テレズマ使っちゃって。キミが自分でやった方が良かったのに」


「いえ。私自身水属性の適正は無いので貴女がやってくれて良かった。ありがとうございます。不思議な方ですね。貴女たちは、本当のところ私は交渉なんて成立すると思っていなかったんですからね」


「えへへ。何だか褒められると照れるなぁ」



 ボクはハーフの一族を助けたかったし、それはアルファルドも同じだったのだろう。

 だから彼はあの時あんな言葉を言ったんだ。

 その証拠とばかりに術の名残の天使の力テレズマが青く輝いていた。

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