第15話 裏切りのハーフ
問が投げかけられる。
二人の間の空間にはまるで触れれば切れるような刺々しい沈黙が流れていた。
「分かりました。どちらにせよ失敗した以上我々に未来など無いですからね。ならば貴方に
ランファルは奇妙な言葉でしばし続いた沈黙を破る。その表情は自分一人の命がかわいいというよりは何もかもをあきらめたような諦観と悲壮感に満ちていた。
「どういうことだ? 正門の連中と君たちは敵同士だったのか?」
「先にあなたの問いに答えます。
「え!?人を襲うのは獣人だけのはずじゃないの?」
確かこの世界では人と獣人がお互い争い、その過程で捕らわれる人たちが出ている。そういう世界だったはず。なのに獣人ではない人たちがボクらを襲うのか?
それとも獣人たちに雇われたか。いや、あの酷い差別意識を持っている人々がそう簡単に獣人の軍門に下るとは思えない。
それに容姿そのものは人間だが獣人特有の耳を持つランファルは一体どの陣営に属しているのか。
それともあの差別意識はエルナ村だけのもので地域差があるのか?
「原則的にはそうですが例外というか抜け道があり、それが私たち、ハーフビーストなのです」
「つまりは人間と獣人のハーフってこと?あ、だからその耳」
「ええ、その通りです。私は獣人の血が薄く、耳が生えているだけなのですが濃い者だと全身毛深い人もいます。また、耳が側頭部についている人もいるので法則性はありませんが」
成程。ランファルが耳を除けば人間の見た目をしているのにエルナ村を襲った理由がそれか。
どちらの陣営でもない第3勢力、ランファルたちの正体がハーフなら説明がつく。
「では順を追って話します。あなた方はハーフについてどれほどご存じですか?」
「存在は知ってるが実物は赤ん坊か死体くらいしか見たことがない」
「全くもってなんにも知らないよ」
アルファルドが見たハーフのラインナップが両極端すぎる。
「では説明させてもらいます。一般的にハーフは望まれた出生をしません。なぜなら夫婦間で生まれる子供ではないからです」
「どういうこと?」
「どちらの種族にせよ捕らえられて帰ることのできなかったものは男性なら強制労働、女性なら体で働かされることが多いです」
「体って……」
「まあ、珍しい話じゃないがな」
かなり直接的な表現だ。アルファルドにこの世界の現状を教えてもらった時そういうことが起こりうる世界とは聞いていたが目の前に実例があるとは思わなかった。
VRエロゲーなんてものだって存在していた。ヒンノムで性行為ができても不思議じゃないだろう。
でも大体の仮想世界は女性の身はハラスメントコードで守られていた。強制的な性行為やその結果子供ができるなんてあり得ないはずだ。だがこの世界に法則はあってもルールはない。
弱者は守られず守るものが存在しない。ここはルーツはどうあれ、本物の異世界なんだ。
「その結果できた子供が私たちです。私たちを宿した母がとる選択肢は二つ。捨てるか、守るか。私たちはハーフ故に捨てられた子供や必死にわが子を守ろうとして脱走した母親が作った集落の人間です」
「私たちは少人数ではありますが森の中で狩猟しながらひっそりと暮らしていました。生活は不安定で日々の食料も怪しい生活でしたが、獣人・人間双方に存在を気づかれぬよう拠点を転々としながら生きていくしかなかった」
「しかしその生活も2か月前に終焉を迎えました。集落、私たちは隠れ里と呼んでいるのですがそこに中規模の獣人の部隊が攻めてきました。その性質上男手の少ない我々は容易く追い詰められ、殺され、略奪の限りを尽くされました。その結果父と母が戦死し、里の約半数が戦死。我々全員が捕まったのちにリーダーらしき男、名をアガメムノンと名乗った男が私たちにある命令を出したのです」
ランファルの話に絶句して言葉も出ない。これがこの世界の闇、そして現状。
アルファルドは平然としているがボクにはそんな風には受け止められない。この世界はたとえ作られたものだとしてももう一つの世界なんだ。
「『この東にエルナ村ってのがある。そこの正門を2か月以内に開けて俺たちを入れろ。作戦が成功したらお前たちの処遇、いくらか融通してやってもいいぞ』と」
「成程ね。俺たちがつけるべき落とし前はそいつらか。だがお前たちは連中がそんな口約束を守るとでも思っていたのか?」
アルファルドは苛立たし気に口を開く。確かにランファルたちの事情は理解できるが、それで襲撃されたエルナ村はたまったものじゃない。
それにアルファルドの指摘ももっともだった。略奪する側が奪われるほうを気にするとは思えない。それにボクにだってそんな約束反故にされそうなことくらいわかる。
「勿論我々も鵜呑みにしたわけではありません。ですが、嘘だとしても私たちは従うしかなかった。この作戦が成功したら拠点の警備が手薄になった隙に仲間を救う予定でした」
「俺たちは囮か。俺の存在は知ってたんだろう? 舐められたものだな」
アルファルドの眼光が鋭い光を帯びる。少しづつ凍りだすアルファルドの態度。
「お前たちの事情など関係ない。言え、フィーネの居場所はどこだ」
放たれる怒気。灰色の瞳は猛禽のようにランファルを睨みつける。
ランファルたちの事情には同情するが、ボクもアルファルドと同意見だ。先に仕掛けてきたのはあちら。彼女を助ける義理はボク達には存在しない。
ランファルの自白もどうせこのままなら敵に少しでも一矢報いようといったやけっぱちのようなものだ。
「あのシスター服の方のことですか。我々の作戦は彼女のせいで大きく乱れました。彼女の口を封じるために実行部隊のうち2人が途中離脱してしまいましたから」
「口を封じてって……まさか……」
「殺した、なんて言ったらお前の価値はなくなる。勿論そうは言わねえよな」
最悪の想像をしてしまう。彼女たちの境遇には同情するしかないけれどもあの子を殺した人たちを助けようと思えるほど聖人君子じゃないし、何よりアルファルドは絶対に許しはしない。
「いえ、殺したわけではありません。彼女は我々が連れ去りましたが、危害は加えていません。獣人たちも知らぬこの西の竹林にある拠点に拘束しています。教会のシスターなら利用価値がある。魔術や薬での治療行為や、監視役の追跡を撒くために彼女には協力してもらおうとしていました」
フィーネは生きている。さらには居場所まで解った。
「フィーネの居場所はそこであってるんだな」
「ええ」
「嘘でないという保証はない。お前を連れて道案内させる。お前らの監視役は俺が殲滅したんだ。もうこれでフィーネの居場所を知ってるやつはお前しかいないんだからな」
「ハーフの人たちはどうするの?」
「どうって、ほっとくほかないだろ。俺たちはフィーネを取り戻せればそれでいいんだし。わざわざ他人事に首突っ込んでケガしてやる義理はねえよ」
アルファルドは背を向けて去ろうとする。ランファルの懇願は敵わず、ハーフの一族はここに終焉を迎える。
正論なのはアルファルドのほうだ。先に仕掛けてきたのはハーフの一族のほう。アルファルドはそれに報復するどころか治療までしたのだ。これ以上の譲歩はない、彼は十分にランファルに礼を尽くしたんだ。
それでも、ボクはアルファルドにハーフの人たちを見捨ててほしくはなかった。彼だけはこの世界で唯一人を平等に見れる人だから。
「ねえアル、ボクはハーフの一族を助けたいんだけど行っちゃダメかな?」
灰色の傭兵を呼び止める。案の定彼は目を見開いて『何言ってんだコイツ』という目をして驚いている。
同時にランファルも言葉を失っている。彼女自身も敵である人間から「助けたい」なんて言葉を聞くとは思っていなかったんだろう。
知ってる。彼ら人間にとって獣人がどれだけ恐ろしいものなのかを。それでもボクは彼らを見捨てることはできなかった。
「それは、どうしてだ」
「理由はボクでもわかんない。だけど助けたいのは助けたいんだ」
言葉が出てこない。口から出るのはぐちゃぐちゃな感情論。考えをまとめない思いつきの言葉は届いたように思えず、彼の眼光は驚愕から帰還して温度を下げていく。
「駄目だ。見返りがない。こいつを奴隷商にでも売り渡したほううが金になる。こいつらを助けるってことは盗賊団とやりあうってことだ。俺たちがそんなリスクを背負う理由がどこにある」
返ってくるのは無慈悲な正論。それに対してボクはまた感情論をぶつけた。
「ボクも昔ランファルみたいに周りに疎まれてきた。だからわかるんだ、痛いんだ。だからきっと見捨てたら後悔する」
バカの一つ覚え。だけどボクの言葉はアルには届かない。けれどもランファルに勇気は与えれた。
「待ってください。無論謝礼はさせていただきます。ですからあなたを雇わせてください」
背後から聞こえる決意のこもった声。諦観の淵にいた彼女の目は息を吹き返し、アルファルドを見据える。
「確かに俺は傭兵だ。金の都合がつけば気まぐれにお前たちを助けるかもしれん。だが全滅寸前の弱小一族に人を雇えるほどの余裕があるとでも? 出世払いはお断りだ。それにフィーネを交渉の道具に使おうとは思うなよ。それをやったらお前の未来はないと思え」
忠告が入る。アルファルドは金次第ならランファルたちに力を貸すこともやぶさかではないらしい。
殺し合ってきた相手と一緒に酒が飲めるのが傭兵の流儀なんて話を聞いたことがあったがアルファルドもそういう類の人。だが報酬がないことには意味がない。
壊滅寸前の弱小一族にアルファルドを雇える金かそれに変えられるものは存在するのだろうか。
しかし、ランファルも無策で呼び止めたわけではなかった。
「これを。我が一族に伝わる秘宝です」
ランファルは首にかけられた飾りを差し出す。
3センチ角のきれいな透明な石だ。磨かれた形跡はないのに表面はつるつるとして丸っこく、高い屈折率をもつ輝きはダイヤモンドのようだ。それになにか力のようなものを感じる。
「驚いたな。無属性の大粒の魔鉱石か。だが交渉材料としては足りないな」
「ねぇ、魔鉱石ってなんなの?魔術を使ううえで必要なものなの?」
聞いたことのない単語が出てくる。
こういうファンタジー世界の常識に照らすと魔鉱石は魔術の触媒になったりそれ自体が力を持ったりするものだが、この世界でもそういったものなのだろうか。
名前からして高値で取引されていそうな感じがする。アルファルドのせいで背負った借金返済の足しになるだろうか。
「魔術を扱ううえで必要な魔術因子を一定量保存できる鉱石だよ。耐久限界はあるけど結構便利で重宝されている。このサイズだと半永久的に使える物で王都あたりだと結構いい値で取引されてるって聞いたな。宝石としての価値もあるとか」
魔術因子を一定量保存できる鉱石。因子は放っておいたり術師から離れるとその属性のエネルギーを解放して消滅してしまう。それを保存できるアイテムか。結構便利そうだ。
「我が一族はエルダー大森林中に良質な魔鉱石の鉱脈を発見しています。これは獣人たちには伝えていません。我々の鉱脈の情報とこれををお譲りします」
「じゃあさ、村長に負わされた借金とかの足しとかになるわけだ。よかったじゃん。これチャンスかもよ!」
アルファルドの協力を取り付けるためにランファルは絶好の材料を出してきた。
なにせこちとら多額の借金を負っている身だ。
負債返済のためにはランファルの言葉にのるのも一つの手、差別意識とは自由なうえに合理主義のアルファルドなら乗ってくるかもしれない。
「証拠は? その魔鉱石が偶然拾ったものではないという保証がどこにある。それにお前がそれをどうこうできる権限があるのか?」
「私は首長の娘です。それに命には代えられない。一族の皆も納得はするでしょう。証拠についてはこれと他にいくつかアジトに魔鉱石があります。それをあなたに前金として渡しますのでそれで信頼していただくしかないかと」
アルファルドは眉間にしわを寄せて考え始める。彼とてランファルがここで嘘を言っても何の意味もないことは解っているだろう。
彼女がここで語ったことが嘘だとしても結局彼女が売り飛ばされることは変わらないからだ。
彼女の話に乗るメリットは魔鉱石の話が本当なら借金を返してもおつりがくること。加えてノーリスクでフィーネを救い出せることだ。リスクはあるが交渉としては悪くない。
「それに我々は獣人たちの居場所の正確な位置を掴んでいます。その情報を売れば結構な額になるのでは?」
駄目押しの追加報酬。情報の大切さは傭兵であるアルファルドが一番よくわかっている。だからこそ迷っていた。拷問で口先から聞き出してもいいが、情報が位置を参照するために協力してもらうほうが精度が高くなる。
「糞、なんで俺は側付きと捕虜の口車に乗せられようとしてるんだ……」
悪態をつきながら視線を逸らすアルファルド。その眼は覚悟が決まった色をしている。
「ユウキ、一応確認するがもうひと働きしてもらうが構わないか?」
「大丈夫だよ。まっかせて。これでも体力には自信あるんだ」
あくまでゲームでの話で現実の肉体は虚弱極まりないものだったが、この世界での肉体は思ったよりも頑丈で体力もある。全然いける。ボクは無傷だ。
それになにより世界から差別されているランファルたちをほっとけなかった。なにより言い出しっぺだしね。
「鉱脈の情報じゃ足りねぇ。テメェらを助けたら一族郎党鉱脈で働いてもらうぞ。レートは6:4で6が俺だ。魔鉱石は人間側のルートでさばいてやるからテメェら全員まとめてこき使わせてもらう。覚悟してもらうぞ」
口は悪いもののアルファルドはあろうことかハーフの人たちに働き口まで用意する算段までつけ始めた。
なんだかんだ言って面倒見のいい人というか、非情に見えて非常に徹しきれない人だ。素直じゃないなあ。
敵の人間に治療するばかりか助言まで与え、立場的に圧倒的優位にもかかわらずランファルと対等に接していた。傭兵という物騒な職業と最初の迅速な殺しのインパクトが強すぎたけど実はこの人かなりいい人だ。
「ありがとうございます。この御恩は必ず返させていただきます」
こらえきれず涙を流すランファル。
アルファルドは彼女にかけてあったタオルを投げ渡して叱咤する。
「泣くのは全部終わってからだ。今は無理やりでも動いてもらうぞ。それにフィーネの身柄が先だ。あいつを取り戻すまではこちらは君たちに協力できん。っつーかこの関係も明るみにしてはいけない関係なんだ。リスクに対するリターンを期待しているぞ」
冷徹な仮面を脱ぎ去った灰色の傭兵はそういって部屋を去っていった。
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