第14話 戦後処理

 イヴリースの渾身の踵落としが決まり、骨が砕ける感触とともにランファルは前のめりに倒れる。

 それと同時にイヴリースも踵落としを叩き込んだ体勢から背中から落ちる。

 二人が地に背中をつくと同時にどこかからこの世のものとは思えない轟音が響き渡った。


「今のは……」


「さあァねェ。大方ウチの大将がやったんじゃねェか?」


 少なくともイヴリースの知る限りそんなことができそうなのはアルファルドだけだ。正門から聞こえたのでユウキの可能性もなくはないがそれはないだろう。

 雲煙爆粉ウンエンバッコ、まさか彼があの術を使うことになるとは。

 自身の負傷よりも彼女は傭兵の心配をしていた。


「それでよォ、続き、やんのかィ」


「無論だ。敵に背中を見せるつもりは毛頭ない」


 倒れても闘志は萎えず、二人は第二ラウンドを始めようとする。

 槍は深く刺さりすぎて抜けないし、今までに負ったダメージだって相当だ。特に初撃にもらった右脇腹と3発目の居合でやられた右肩が酷い。今までは無理してやってきたが、もはや戦う体力など残ってはいない。

 対してあっちはまだ右肩を負傷しただけ。まだ余力を残している。

 ランファルは立ち上がり、それに応じてイヴリースも立つ。勝利などありえないと分かっていながら。


「あれだけの爆音だ、今頃お前のお仲間は木端微塵だろうさ。今のうちに投降したほうがいいんじゃねーかァ?」


「愚問だな。降りたところでお前たちに殺される未来は変わらんだろう。それにあれをお前たちがやった証拠がない」


「それこそ愚問だろ。だったらなんでお前らは正門を開けに行ったんだよ。いや、お前らはなんで!!」


「答える義理など存在しない!!」


 無傷の左手を握りしめて殴りかかるランファル。両者ともに戦闘続行は困難なはずなのに気力のみで戦う。はずだった。


「させるかよ獣畜生が!」


 床の穴を塞ぎ終わった村人たちがトンカチやらノコギリやらを持って乱入してくる。

 負傷したランファルを囲むように村人たちが迫りくる。その眼には憎悪と殺意。とてもではないが敵兵とはいえ怪我人に向けるものではなかった。


「これで、終わりだ!!」

 村人たちが一斉に走ってくる。

 ランファルも応戦するが既に戦う牙は抜かれてしまい、狩られるものと狩るものの立場が逆転し、数という力が一人の少女を飲み込む。

 角材、槌、蹴り、拳。暴力の嵐は絶え間なく降り注ぐかに思われたがそれは思いのほか早く終わった。

 ただ、凌辱の時間に変わっただけだが。

 フードが引き剥がされ、付けた皮鎧が外される。


「止めろ……それだけは……」


「へっ誰が止めるかよお馬鹿さん。テメェのお肉は欲しそうにしてるぜ」


「イヤだ、助けて……誰か……」


 ランファルの必死の懇願もむなしく、欲望は満たされない限り続いていく。

 麻のインナーが容易く引き裂かれ、押さえつけられていた豊かな乳房が外気に触れる。


「意外といい体してんじゃねぇか、やっぱり孕むのがお好きなタイプですかい?」


「この、外道がぁ!」


 ランファルは渾身の力を振り絞って胸に手を伸ばす男を蹴りつける。

 みぞおちにクリーンヒットするが、体勢の悪い状態から放つ蹴りなどただ相手を逆上させるだけだ。多少の抵抗はスパイスといわんばかりに男たちは罵声を上げその魔手を伸ばさんと迫りくる────────


 が、その行為は一人の声によって中断された。


「やめて!」






 ************************************



「何故────────」


「なぜだユウキ! なんでそいつをかばう!」


 突如戦場に現れた第三の剣士の登場に二人の驚愕の声が重なり、続いてボクへの糾弾が上がる。


「アルファルドの指示だよ。戦いは終わったから敵は生かして捕らえろだって」


 正直これだけの激昂する人数相手に説得できるほど口はうまくはない。だが、アルファルドの名前を出せば話くらいは聞いてくれるだろう。効果は抜群で、村人たちは行為を止めて話を聞いてくれる。

 村人たちは狙い通り荒げていた声を静め、に問いかける。


「本当か? アルファルドがそんなことを言ったのか?」


「うん。それに、ボクだってそんなひどい目に合ってる人を放ってなんてできない。だからお願い、その子をこれ以上傷つけないで」


 アルファルドの名前を出されたことで村人たちは回答に詰まった。一人を除いて。


「ふっざけんな!! アルがそんななまっちょろいこと言うはずあるか!!! そいつはフィーネをさらったんだ! アイツがこいつらを許すはずねェ!!」


 イヴリースはすさまじい剣幕で腹部の負傷も気にせずに怒鳴る。その迫力に思わず一歩後ずさる。だけど負けじと言い返す。


「アルファルドだったら情報を求めてこの人は生かすよ。『これは復讐じゃない。フィーネを取り戻す戦いなんだ』ってね」


 大嘘だ。アルファルドとはまだ3日ほどの付き合い。彼が言いそうなことなんてわかるはずがない。

 それでもイヴリースは納得したのか引き下がる。なにせ一番付き合いが長いのはイヴリースなのだ。

 彼女なら誰よりもアルファルドのことを理解している。その前提での賭けだったがどうやら成功したらしい。よかった。

 そして問題はもう一つ。


「ふざけるな! 私は敵に助けられてまで生きながらえるつもりはない!」


「違うよ」


 ランファルの必死の覚悟を即座に否定する。それだけは認められない言葉だった。


「生きてるんならちゃんと生きなきゃダメだよ。そんな簡単に自分の命を軽く見積もらないで」


 教会に再び静謐が戻る。

 正直言って気に入らなかった。死への覚悟もできてないくせに口先だけで死を望むランファルに。そして何より何もこの世界を知らない自分自身に。



 倒れたランファルは突然の乱入した人物に勝てないと悟っていた。

 この少女はは肩口の傷を除いてほとんど無傷だ。正門からこの少女が来たのならば幾人の仲間たちと戦ったはずだ。彼らを無傷で退けた相手とこの負傷で相手にはできない。

 間違いない。この少女がこの村でもっとも厄介だといわれていた傭兵だとランファルは悟る。実際はアルファルドなのだが。


「私の完敗だ……好きにしろ」



 どうやら降伏勧告を受け入れてくれたようだ。よかった。


「うん。そうさせてもらうね。じゃあ行こっか。おねーさん。ボクとアルの家に。あそこならなんか薬とかあるだろうから! その前に服貸すね。ボクのでよっかったらだけど」


 半裸のランファルに服を貸し、手を差し伸べる。

 その手に応えたのち、ランファルの意識は眠りの中へと落ちていった。



 一方アルファルドは正門の物見やぐらを消火しながら敵を眺めていた。敵部隊は先の爆破で4割が壊滅。これ以上の進行は不可能だと撤退するが、自分たちがつけた火事に苦しみさらに勢力を減らすだろう。

 村人たちは一人を除いて全員無事、この戦いはエルナ村の勝利に終わった。だがアルファルドは楽観しない。その眼はフィーネを取り戻すための次なる戦いを見据えていた。


「それはそれとしてお説教タイムだろうなぁ、村長話なげーんだよなぁ」


 なんてぼやいていたが。


 戦争が終わったあとは戦後の処理というものがある。

 ランファルは結局アルファルドの預かりに。ボクと戦ったワーカントは村の地下牢に送られ、村人たちは正門と森火事の消火に当たっていた。

 ランファルの尋問、正門の修繕、フィーネの追跡とやることは色々あるはずだったが、最初に待ち受けていたのは村長リカードのお説教だった。

 内容は主にこの襲撃を未然に防げなかったことと、正門での爆破と森火事だ。

 後半はほとんどアルファルドの所業と勘違いされているものだから村長の目は厳しかった。


「お前さんのせいで10年かけて育てたスギが全滅じゃろぅがい!どうしてくれるんじゃ!」

「だからあれは敵の魔術だって!」

「どちらにせよお前さんの爆破で吹っ飛ぶじゃろうが!」

「そこまでいかねぇよ!精々1/3くらい…」

「どちらにせよ被害甚大じゃろうが!報酬は払うがそこから被害補填と修繕費を引かせてもらう!ワシは貴様とて容赦せんぞ!」

「んなご無体な!俺一人のポケットマネーで払えるわけないだろ!」

「王都にいって騎士にでもなんにでもなって高給取ればいいじゃろ!」

「嫌だわ!あんな陰湿なとこ!」

「ええい!文句ばかり…」


 口答えするアルファルドの隣で無言で正座する。

 こんなに長引くのはアルファルドのせいなのではないだろうか?そもそも正門で爆発を引き起こしたのはアルファルドでボクは関係のない話だ。

 しかし一応自分も戦っていたので連帯責任と割り切るしかない。少なくとも村長は連帯責任と思っているだろう。

 もしかしてブラック企業なのでは?傭兵会社アルファルド(2名)は。

 ちなみにイヴリースは怪我人のためお説教は後日。

 死活問題がかかっているアルファルドはともかくボク個人としては早く終わんないかなぁと思っていたが、リカードのお怒りは飛び火した。


「お前さん、何黙りこくっておるんじゃ!アルファルドの馬鹿のやらかしは側付きの責任でもあるのじゃぞ!」

「そんな!?」

「側付きの躾もなっとらんのか全く……お前さんにも連帯責任で賠償させてもらうからな。覚悟しておくんじゃぞ!」


 この世界で目を覚まして3日目、借金を負う。定職に就いたはいいもののお先は真っ暗だ。

 その後とリカードとアルファルドの口論?は2時間も続き、足は感覚が無くなっていた。


 ************************************************




「さて、これからランファルっていう敵の尋問に向う。付いてきてくれ。」


 村長のお説教が終わり、痺れる足を引きずりながら帰宅して早々、アルファルドは切り出した。

 確かに捕虜を捕らえたら情報を引き出すことは理解出来る。だが、何故ボクを同行させるのかが分からなかった。


「え? ボクもいくの? ボクあんまりそういうの好きじゃないんだけど……」


「好きじゃなくてもいつかやらなくちゃいけないことだから経験させておきたくてな。それと乱暴な手段はあんまり意味が無いみたいだから大丈夫だ」


「え?」


「いや、なんでもない」


 アルファルドは物理的拷問を使わないではなく意味が無いと言っていた。

 その違いが分からなかったが。


 ランファルは村の地下牢に両手を縛って拘束して置かれている。もともと獣人の襲撃の多いこの村は捕らえた獣人を拘束したり、人質交換や奴隷として売り払うための拘置設備がある。

 練武場の側の物置小屋みたいなところにある地下への入口を開け、狭い廊下を通って件の敵兵と対面する。ランファルの状態は酷いものだった。

 まず、服がボロボロだ。胸のプレートは奪われその下のインナーは引き裂かれて豊かな乳房が露出している。

 一応ボクの替えのの服を貸して大事なところは隠してはいるものの男性であるアルファルドに対面させるにはいささか露出度が高い。

 下半身を覆う革鎧は既に無く、露出を多くされた服装から覗く肌は青痣だらけ。

 特にイヴリースに壊された右肩は赤く腫れあがり、放っておいたら壊死しそうだ。


「うわぁ痛そう……」


 あまりの惨状に目を背ける。これは痛ましい。

 戦場なんて経験したことないけれどもきっとこんなケガをいくつもするんだろう。

 この人の痛みが見ているだけでも伝わってくる。


「ユウキ、頼みがある」


「何かな?」


「これからやることは村の皆、特にイヴリースには言わないでくれ」


「う、うん」


 返事を聞くより先にアルファルドは歩き出し、式句を唱える。


「わが手に光を。降り立つ影は南西、神の力と熱を以て彼のものを癒したまえ」


 アルファルドの指の先に2つの白い球体が現れ、片方は青色に、もう片方は緑色に染まっていく。

 球体は溶けだすように緑色の光の霧となって手のひらに拡散していく。

 そのまま光る手のひらでランファルの右肩に触れていくと光が収まりだんだん弱くなった後に消えていった。


「アル、何をしたの?」


「回復魔術だ。ちっ、やっぱり俺じゃあへなちょこ効果しか出ないか……」


「治せるの?」


 暗い地下牢の中、ランプを近づけてアルファルドが触れた部分を見ると心なしか内出血の痣が小さくなっているような感じがする。

 アルファルドはランファルの傷の治療の意思はあるものの、立場上それを公にはできない。それゆえ口止めした。だから彼ならランファルを助けられると思ったのだが────────


「いや、無理」


 予想外の返答に閉口する。アルファルドは確かにランファルの治療を試みた。

 恐らく村の住人たちは彼女を害すれど治療などしないだろう。ならば治療しようとしたアルファルドが彼女にとっての唯一の希望なはず────────


「ユウキ、コイツの治療を頼めるか?」


「え? ボクが?」


 先日の魔術講義を思い出す。アルファルドはかなり優れた術師だ。ボクが頑張って失敗を重ねた竜巻の魔術を数倍の規模で正確に制御できる実力がある。

 なのに彼の代わりにボクがやるというのはどういうことなんだろう。


「基本的に治療術式の属性は水と風の複合なんだが、あいにく俺は壊すのは得意でも治すのは下手糞でな。適性があったお前にやってほしい。」


 確かアルファルドの水適正はDで風がA∔、最低にかなり近い値と最高クラスの適性というアンバランスすぎるステータス。Dで扱える魔術因子の最大量は1個、恐らくは致命的に才能がないのだ。

 対してボクは水がA‐風がB+。確かに適正で言えばボクがやるのは当然の話だった。


「でもボクは治癒魔術なんて使ったことないし呪文だって何も知らないよ。どうやって制御するの?」


「一応コツとしては治った後をイメージすることくらいかな。俺は下手過ぎて変にアドバイスすると逆効果になりそうだからこれ以上は何も言えないが」


「つまりは手掛かりなしってことだね。それじゃあ、ボクだけでなんとかするよ」


 手をかざして魔術を使うイメージを固める。しかし因子を呼び出す前に呼び止められた。


「待て……貴様らは何故敵を助ける……?」


 アルファルドの魔術が効いたのかそれともただの気力か、ランファルは目を覚まして見据えてくる。


「お前には利用価値がある。お前から情報を引き出すまでは殺したくはない」


「それは殺さない理由であって助ける理由ではないだろう!! 答えろ!!」


 激昂するランファル。対するアルファルドの態度は冷ややかだった。


「簡単だ。お前たちはなんだろ?」


「────────────────ッ」


 驚愕の声がアルファルドを挟んで共鳴する。予想もしていなかった言葉。だがランファルの驚愕と沈黙が肯定を示している。


「貴様、なぜそれを……」


「ちょっとそれどういうこと! この人たちは村を襲撃するために来たんじゃなかったの!?」


 ランファルたちはアルファルドや村人に気付かれずに地下道を作り、教会から侵入、そこでフィーネに見つかり、何らかの形で口封じ、その後村の正門を解放し、すんでのところでボクたちに阻まれた。

 正門の部隊と彼らは共犯でなければならないはず。

 なのにアルファルドは全く逆の言葉を発し、ランファルそれが事実のようなリアクションをしている。


「やはりそうか」


 カマ掛けだったのか。でもそれはある程度の確信があったから。


「いつから気付いていたの?」


「気付いたのは戦いが終わった後のことだ。確信を持ったのはお前らのお仲間の遺体の体毛が獣人にしては薄かったこと。それに退路にわざわざ教会に戻ろうとしていたことが理由だ」


「え? それだけ?」


 アルファルドの推理の種は意外なところにあった。

 体毛に関しては確かに不思議に思っていた。

 暗くてわかりにくかったこともあったが、初日の獣人の二人と今日のワーカントやランファルでは確かに後者のほうが人間よりな見た目をしていた。

 ランファルについては女性だからとか獣人も個人差があるのではないのかと思っていたが、そうではないらしい。

 だが、教会のほうの理由については解らない。なぜそんな少ない情報からランファルたちの事情が把握できたんだろう?


「お前たちは門を開けたあと教会に戻ろうとした。わざわざ教会の前に見張りまで残してな。これがどうにも引っかかっていた。本隊に突入させたら本隊と合流すればいいはずなのにわざわざこいつらは教会に戻っていた。教会に拘ったのは一体何のためか?とずっと疑問に思っていた」


「なるほど。確かに妙な話だよね」


 アルファルドの疑問は当然のものだった。生きと帰りを同じルートにしなければならないなんて奇妙な話だ。


「それに一度は開門に成功しているにもかかわらず本隊の突入タイミングがずれていた。最初はただのミスだと思ったが、さすがに杜撰すぎる。さて、ユウキ。なぜこいつらの連携はこんなにグダグダだったと思う?」


 質問を投げかけられるが、当然わからない。着眼した違和感はたしかに納得のいくものだったがそれだけでは考えまとまらない。

 ただ他に疑問の余地があるとすれば────


「ランファルたちが獣人じゃないから?」


 アルファルドは体毛が薄いと言っていた。

 最初にあった獣人はいかにもファンタジー作品に出てくるような風体をしていたが、目の前のランファルは人間のような側頭部でなく頭頂部に耳がついているだけだ。

 戦闘時は暗くて観察する余裕がなかったからわからなかったが、今思い返すとワーカントもそこまで獣っぽい風体をしていなかったように感じる。


「そうだ。こいつらは獣人の仲間ではないが何らかの形で利用されていた。と考えるのが妥当だろう。それに地下道なんて作業どうやったって村人たちに見咎められる。穴の長さから察するに土の魔術を使ったところで時間はかなりかかる作戦になる。それに獣人は魔術があまり得意ではない。あんなトンネル掘ることさえできないはずだ」


 そう言ってアルファルドは肩をすくめる。この人、この状況下でそこまで見抜いていたのか。

 年に似合わない白髪、真実を射抜く鷹のように鋭い目、淡々とした口調が推理小説の主人公のようだ。


「俺の推理は話した。これからはお前が答える番だ。一体お前たちは何者なんだ?」


 核心に迫る。この一連の襲撃事件の真実に。その問いが今投げかけられた。

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