第13話 神前の殺し合い

 先手を取ったのはイヴリース。一息のうちに入口まで踏み込むと下段から脳天を狙った刺突を放つ。渾身の憎悪をもって放たれた一撃は月光を反射する矢となってランファルの脳髄を貪らんと迫る。

 しかし、ランファルも覚悟してきている兵士。当然の如く首を振るだけで槍を避け、懐に入って刹那のための後に腰に帯刀した刀を抜く。

 ────────抜刀術か。

 イヴリース槍を引き戻して盾に構えて居合をガードする。ガードそのものは成功したものの、すさまじい威力に負けて後方に吹っ飛ぶ。

 体勢は崩されないものの、余りの破壊力に両手が痺れる。それに脇腹も少しばかり斬られた。

 ————こりゃあ拙いな。敵をよく見ないうちに仕掛けたこちらのミスだ。

 大きい隙を見せたイヴリースだったが、ランファルはその隙を追おうとはせずに納刀する。


「なんだァてめぇ舐めてんのか、なぜ追撃しない」


「……敵に語るべきことなど無い」


 問答には答えず刀を納刀して、抜刀の構えをとるランファル。その姿はまるで一撃必殺を謳う『侍』のようだ。


「そうかィ。こっちはたくさんしゃべることがあるんだがなァ!!」


 スカートの裏に仕込んだ暗剣アンケンを引き抜いて3つ同時に投擲する。アルファルドに頼み込んで唯一教えてもらった技。闇に溶け込み獲物に突き進む3つの剣をランファルは右に前転して避け、椅子を盾にして逃れる。

 ────────妙だ。あれほどの達人ならあの程度の攻撃、無駄なく回避か刀で弾いてイヴリースを両断しに行ったはずだ。何故そうしない? 

 続けて暗剣アンケンを1本投げ、礼拝堂の壁に沿って走るランファルを牽制する。続いてもう一本、と見せかけたフェイント。これにも反応してランファルは回避行動をとる。


「オイ、コラ! 随分と大げさな回避じゃねえか! 何も投げちゃいないぜ!」


 イヴリースは無口な敵に挑発を続ける。地力で負ける相手には怒らせて攻撃を単調にするしかない。

 仕込んだナイフは残り5本。この5本でランファルの力の正体を暴いてミスを誘わなければイヴリースに勝ち目はなかった。


「そらァ! そらァ! もういっちょォ!」


 3連続で投げつけられるナイフ。このうち2本目はランファルの初撃の延長上で斬られた椅子の破片だ。

 どれも命中こそしないものの回避行動をとらせて目的地に誘導する役目は果たした。


「ここだァ!」


 壁際に仕込んだロープを暗剣で切断する。切られたロープはバルコニーに置かれた角材から支えを奪い、走るランファルの走行ルート上に転がり落ちる。角材の雨霰がランファルの脳天を砕かんと直下する────


「くっ、仕方あるまい────────」


 回避は無理と悟ったか、ランファルは抜刀術の体勢を取って降りかかる角材の迎撃に向う。

 雷光の如き一閃が白い鞘から青白い閃光と共に放たれ、重力に従うだけだった角材が両断されるどころか吹っ飛んで行く。


「この、化け物がァ!!」


 抜刀後の隙を狙ってイヴリースは全身のバネをフル活用して走り出し、振りかぶって槍の穂先を桜色に輝かせる。

 芒天流奥義、桜花おうか。力任せに槍を叩きつける基本にして最大破壊力の技。ランファルも負けじと刀身を黄色く染め上げて奥義をもって迎え撃つ。

 鋼と鋼がぶつかり合い、けたたましい音と火花が上がる。


「オオ、ラアァ!!」

「覇ああああああ!!」


 桜色の光が黄色の輝きを侵食し、黄色い閃光が桜色の光芒を切り裂く。両者の攻撃は衝突地点で停止し、轟音と衝撃だけを残して霧消する。

 力と力の押し合いは、イヴリースの判定勝ちに近い形で決着した。ランファルは後方の壁まで後退し、イヴリースは弾かれるが直ぐに体勢を建て直す。

 衝撃によってランファルのフードが開かれる。最初の声や剣戟のときの叫びで想像はついていたが、フードの下には女の顔があった。

 浅黒い肌をした端正な顔立ちは可愛らしいというより凛々しく、長い黒髪を何の装飾もなく無造作に伸ばしている。頭のてっぺんには獣人の象徴の耳、見た目からしてイヌ科か。年齢はかなり若く、10代終盤から20代ほど。女性としては骨太、高身長な体格だが、女性らしさを損なってはいない。

 むしろそれが相まって高貴な女戦士といったところか。


「お前女かよ。敵じゃなかったらすげぇ好みの顔だぜ」


「貴女がそれを言いますか」


 イヴリースの挑発には応じず、ランファルは必殺の期を伺う。間合いはかなり離れた。

 無策で踏み込めばあのナイフが待っているだろう。逡巡するランファルとは無関係にイヴリースの挑発は続く。


「お前、なんでいちいち納刀する? めんどくせェだろそれ」


「忘れたのか? 敵に語る事など何も無い」


「じゃあ勝手にしゃべらせてもらうサ。てめぇの抜刀術は確かにヤバいが、それは抜刀術に限ったことだ。一度納刀しないとあのバカげた威力は出せねェ」

「つまりだ、こっちが1度抜かせちまえばどうにかなるってことよ!」


 この世界では剣の威力は筋力や体格にもよるが、奥義に関して言えばそれよりも意志の力が重要になる。

 己の剣は敵よりも強い。修練を重ねた我が剣は無敵だ。そういった強固なイメージが必殺の一撃を作り上げる。

 

 恐らくランファルは自身の抜刀術に特化した修練を重ね、抜刀時に限定して『至高の一太刀』を作り上げたのだ。邪道に走ったイヴリースやアルファルドとは対極に位置する剣技。それがランファルの強さだ。

 故にイヴリースはランファルが納刀している状態では勝ち目はない。邪道が王道と真っ当にぶつかる時点で敗北、アルファルドに言わせればだ。

 だが、その極端な剣技は弱点を孕む。初撃からの追撃がなかったのはランファルが抜刀術以外の剣技に自身が無かったから。ナイフを大袈裟に避けたのは1度に弾けるナイフは1本だけで、弾いたことがデメリットになるから。ぶつかり合いで争えたのは納刀していなかったから。

 ランファルの脆さは、ここに露呈した。

 

 同時にイヴリースも状況は好転したものの、芳しくない。即席トラップはまだ有るが、仕込んだ暗剣は残り2本。きっと次の投擲1発で使い切る。

 しかもこの間合いでは取り出す隙を突かれかねない。

 さらに言えば抜刀時もランファルは弱い訳では無い。技後硬直を一瞬で建て直し、反撃できる技量があるため半端な攻撃では返り討ちだ。


 両者は睨み合い、互いの隙を探っていく。

 しかし、膠着は数秒の後に解かれた。ランファルが突撃し、必殺の間合いに踏み込まんと迫る。イヴリースはそれをさせまいと暗剣を眉間と心臓に2本投げつけ足止めにかかる。眉間に放った物は避けられ、心臓狙いは途中で阻まれる。切られた角材の破片だ。

 飛ばされた後にランファルは破片を拾って不可視の暗剣への対策にしたのだ。


「しま────ッ!」

「遅い!!」


 必殺の一撃が閃き、イヴリースを両断せんと迫り来る。

 それを何とかイヴリースは槍で防ぐ。轟音と閃光が起こり、ガードの上から槍が押されて脇腹が少し抉られてイヴリースは大きく後退する。ランファルの抜刀術第2の弱点、放つ前の一瞬の溜めが無かったらイヴリースの上半身と下半身は分けられていた。それほどの一撃。

 後退しながら飛び上がるイヴリース。持ち前の身軽さを生かしてバルコニーまで飛び、三角飛びの容量で抜刀後のランファルを空から槍を突き刺しに向う。しかし、初撃の衝撃が大きく、挙動が一瞬遅れる。

 

 ────その一瞬が、致命的だった。

 ランファルは大きすぎる動きの隙を無理矢理動かして納刀し、後の先を取らんと構える。

 逃げ場のないイヴリースの体を青白い閃光が照らし、無慈悲なカウンターによってその小柄な体が両断される。


 そのはずだった。

 イヴリースが槍を突き立てたのはランファルの2歩手前だった。当然、刀のリーチでは空振りし、必殺の一撃は誰も殺害することなく空のみを斬る。

 その隙を見逃すことなくイヴリースは最後の力を振り絞って跳躍し、突き立った槍の石突を起点に空中で半回転、石突の上で倒立する。


「喰らえ、葛ァ───落としィ!!」


 その勢いのまま重力と意志力に突き動かされた体がもう半回転し、必殺の踵落としがランファルの脳天に迫る。

 必殺を返した一撃をランファルがすんでのところで頭部を避けたものの踵は右肩に突き刺さり、神速の居合を放つ右肩を殺した。

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